手を伸ばせば届く距離、
だけれども手を伸ばすことを恐れていた。
触れてしまったら最後、
そのぬくもりを失う恐怖に包まれてしまう。
冷たくて、
辛くて、
苦しくて、
だから少しだけ手を伸ばしてみる。
暗くて寒い木陰から、
恐る恐る手を伸ばしてみる。
指先が少しだけ木漏れ日に触れた。
じわりと伝わる温もり、
その魔力に心を奪われて、
今度はグッと手を伸ばす。
「どうやら大丈夫みたい」
そのぬくもりに体を預けてみることにした。
冷え切った心と体、
それを芯まで温めてくれる。
「もう大丈夫」
心から安心して光の中に飛び込む。
やがてそのぬくもりが当たり前になって、
それを守る努力をしなくなる。
そうすると、
徐々にぬくもりは失われていく。
足先から徐々に冷えてくる。
心まで到達するのは時間の問題だ。
「どうやら時間切れみたい」
また暗闇の中、
かろうじて見えるのは自分の足元だけ、
あのぬくもりが恋しくて、
もう一度手を伸ばしてみる。
思い切りグッと伸ばしてみる。
だけれども、
いくら手を伸ばしても、
指先を掠めるものは虚空だけ、
「気持ちはつながっている」
決して見えないものなのに、
それに甘えてしがみついて、
先に進むことをためらった。
いつまでも気持ちはそこにはいない。
木漏れ日は、
日の角度や周りの影が生み出すものだから、
その形は簡単に変わってしまう。
人の心だってきっと同じ、
周りによって変わってしまうのだ。
手を離してしまうと、
その指先をするりと抜けて、
ふわふわと宙に漂う風船のように、
ゆっくりと、
ゆっくりと、
離れていく。
気がついたら、
随分と遠くに行ってしまった。
いつだって後悔は先に立たないのだ。
ぬくもりを求めて、
ぬくもりが忘れられなくて、
ぬくもりの奴隷になる。
触れたら最後、
もう戻れはしない。