時代の代弁者

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今を生きる自分たちを代表して、

言葉にならないことを言葉にしてくれる人、


そういう人が求められている。


論客として世に提言したり、

芸術に昇華したり、

カタチは様々あるだろう。


けれど代弁することを目的にしてしまうと、

途端に色あせてしまう。


あんなにも輝いていたアーティストが、

なんだか色あせて見えてしまうことは少なくない。

その時は本人か時代のどちらかに変化が起きているのかもしれない。


いつまでも時代の代弁者で居続けることは、

とても難しいこと、


「創造的人生の持ち時間は10年」


ジブリ映画『風立ちぬ』で出てきたセリフ、


大人の事情で寿命を縮めてしまうこともあるし、

ライフステージが変われば表現も変わらざるを得ない。

自分の内面の変化についていけない自分、


そうなると、

あとは過去の遺産と想像力で勝負するしかない。


時代を謳歌する人たちの気持ちは、

時代を謳歌していないと代弁できない。


想像で断片をつなぎ合わせて、

なんとか形にしたところで、

おそらく自分が一番納得しないはず、


だからあとは重荷を下ろして好きに表現すればいい。


その時のありのままを、

自分を気持ちよくしてあげられるように表現すればいい。


誰から認められなくても、

表現したいことを表現することができるならば、

それが「生きがい」になる。


時代を作る必要も、

世代を担う必要も、

必要とされる期間は限られているのだから、


人生だってそう。


子供ができれば子供が主役になると聞くけれど、

自分が主役の時間を作ってあげないと苦しいはず、


他の誰から使い捨てにされたとしても、

自分だけは自分を使い捨てにしてはいけない。


「若い頃はモテたのよ」


過去の栄光なんてものは、

思い出に浸りたいときにだけ引っ張り出してやればいい。

 

大切なことは、

今の自分を好きでいられること、