意味を必要とする生き物

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ドストエフスキーだったかと思う。


シベリアでの刑務作業、

半日かけて穴を掘って、残りの半日で穴を埋める。


無意味な作業、

前進のない作業、

創意工夫を必要とされない作業、


それを毎日ひたすら繰り返す。


すると多くの場合はそれに耐えられずに、

精神に異常をきたしてしまうみたい。


「人は意味を必要とする生き物」


今現在に意味を見いだせなければ、

刑務作業と同じなのかもしれない。

苦しくてたまらない。


だけど救いは自由があること、

意味を探す手立てはいくらでもある。


春の訪れ、

あの子の前髪、

上司のお腹周り、


同じような毎日に思えても、

世界は少しずつ変わっている。


日常の小さな変化に気づいてあげればいい。

それだけであなたがその小さな変化の意味になってあげられる。


自分が何かの意味になること、

それ自体が生きる意味につながる。


人から意味を取り上げてはいけないし、

自分から意味を取り上げてもいけない。


顔を上げて、

姿勢を正して、

口角をキュッと上げるだけで、

ほら、なんだか目の前の単純作業にだって意味があるような気がしてきた。


消えてしまいたくなるならば、

駅のホームにあふれかえるやさぐれたリーマンに、

声の一つでもかけてあげればいい。


「今日も空は青いですね」って、

それだけであなたが誰かの意味になれるはず、


「すべてのことには意味がある」


本当にそうなのかは時を経ないとわからないけれど、

少なくともそう思っていないと、

意味があったことに気がつけない。


彩り、

僕のした単純作業が誰かの笑顔を作っている。

そうならば素敵なこと、

否、そう思って生きているだけで素敵なこと、


今更だけれども、

「ポジティブ」を上手に使えるならば、

幸せに生きるためにとても有効なソリューションなのだろう。


「いーみなーいじゃーん」


そんなことはない。

誰かが笑顔になれるだけで、

その言葉にも意味はあるのだ。