誰かの不幸を願うということ

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気に入らないから不幸になればいいだとか、

気持ち悪いから消えてほしいだとか、


人間だからそういう事を考えてしまうもの、


嫌いな上司、

気に入らない同僚、

憎い恋敵、


そんなものに心を縛られたところで、

残るものは何もない。


時が経つほどに、

どんどん自分を醜くする。


「許せない」


そういう気持ちが生じるのは当たり前、

「生きる」ってことの中には、

それも折り込み済みだから、


だけれども、

醜くなればなるだけ自分が損をする。

 

損をしたくないから「許せない」はずなのに、

「許せない」分だけ損をする。


可能ならば関わらなければいい。


関わらざるを得ないのならば、

最小限にすればいい。

関わりたくないことが相手に伝わろうが関係ない。


そのかわりに関わるときは、

できるだけ丁寧に接することが大事、


「あなたの立場を尊重していますよ」


相手の存在を否定してしまうと、

相手は躍起になって攻撃してくるかもしれない。


「あなたの居場所を奪うつもりはありませんよ」


それをはっきりとさせてあげないと、

泥試合になって無駄に消耗するばかり、

自分が幸せになるための時間が削られてしまう。


満たされていれば、

誰かの不幸を食い物にする必要などない。


好きでもない人が、

幸せになろうが不幸になろうが、

そんなことは知ったことではない。


自分が醜くならないように、

自分のことを嫌いにならないように、

そうやって行動を決めていけばいい。


関わりたくもないと思う人の、

幸不幸に関わるな。


嫌いな人の幸せを願う必要はないし、

不幸を願ったら醜くなるばかり、


「あなたも色々と大変なのですね」


俯瞰して物事を捉える余裕を失ってはならない。


怒りに我を忘れて、

自分を見失わないために、

 

どんなに「許せない」

そんな仕打ちを受けたところで、

最後は許すしかないのだ。

 

自分が幸せになるために、

 

「人を呪わば穴二つ」

どんどん不幸になる。

 

自分の人生を前に進めてあげられるのは、

自分だけなのだ。