自分の価値を確かめるための道具

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自分の価値を確かめるために、

思わせぶりな態度で異性と接する。


そこに愛情はないし、

面倒になれば突き放す。

もちろん責任はとらない。


確かめたいことは、

自分の価値、


男として女を落とすことができるのか、

女として男に求められているのか。

それを確認したいのだ。


「〇〇攻略法」だとか、

「モテるためのテクニック」だとか、

「愛されるための秘訣」だとか、

そんなものに夢中になる。


人は自分の価値を自分では信じられない。


だから、

幼稚で経験が浅いほど、

それに比例して自分の価値を確認したがる。


人と比べて、

優劣を判断して、

それに一喜一憂して、


誰かの恋人が優れていれば、

羨ましく思い、

そうでなければ、

自分に相手がいなくても負けた気がしない。


なんとも身勝手なもの、


それぞれの物語があって、

たどり着いた先なのだから、

自分とは全く別の人生なのに、

比べようもないことなのに、


比べて、

優越感を感じたり、

劣等感に苛まれたり、

なんとも忙しいことで、

吐き気がする。


「自分の価値は自分が決めること」


これまでの道筋が正しいと思えるならば、

心の底からそう思えるならば、

誰から何を言われても満たされているはず、


相手がいるだとかいないだとか、

相手の容姿がどうだとか、

立場や器量がどうだとか、


醜い嫉妬に時間を奪われる必要などないし、

羨望のまなざしに恍惚して、

自分の価値を見誤ることもない。


欲しくもない愛を手にするために、

誰かの気持ちを引き出すことは罪なこと、


自分の価値を確かめたいだけならば、

勝手に自慰に勤しんでいればいい。

TENGAでも使っておけばいい。


「イクかイカないか」

その方がよほど判断は単純でしょ。

誰かを傷つけることだってない。


自分が何を求めていて、

どうなりたくて、

どう生きたいのか。

そのために相手と一緒にどう進みたいのか。


それと向き合いもせずに、

誰かと体だけが向き合ったところで、

前に進んでいるようで進んでいないのだろう。


敵は「周りの目」


大切なことは、

誰からどう思われようと、

自分らしさを失わないこと、


不用意に誰かを傷つけてしまうような、

そんな生き方はしたくはない。


たとえ傷つけてしまったとしても、

傷つけたことに責任を持ちたい。


そんな理想ばかり掲げて、

そうやっていつも遠回り、

綺麗事だけでも事は前に進まない。


理想は掲げながらも、

それに殉じる覚悟をして、

行動は起こさなければならない。


誰かといっしょに「生きる」って難しいこと、


だけれどもきっと、

誰かといっしょに「生きる」って幸せなこと、