自分で何でも決めたがる

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私のブログを長いこと読んでくださっている方ならば、

きっと同じ感想を持つかと思うが、

当ブログは「自分」というものに焦点を当てている。


テーマは、

「自分と世界との関わり方」


自分がどうするか。

自分がどうしたいのか。

自分が何を目指しているのか。


そういうものが主眼となっている。


だから私は「自分」というものにこだわるし、

「自分のやり方」というものを大事にする。


だけれども、

それではどうしようもないことに直面したときに、

それ自体が大きな弱点となる。


人に頼ることにはだいぶ慣れたけれども、

不甲斐ない自分を認めてあげられないのだ。


自信がないくせに変に自信がある。

そんなこじらせた男、

そういうものが出来上がる。


いざとなったら、

「自分のやり方」を手放す勇気が必要、

いくら汎用性を高めたところで、

万能にはならないのだ。


「運を天に任せる」

そういう事ができるのも器の大きさ、


どんなに器の大きいように見せるシステムを組み上げても、

自分のやり方から抜け出せないのは、

結局は器が小さいということ、


イザというときに真価が問われる。


自分と向き合いながら生きてきた人は強い。

それは世界で一番辛い作業だから、


自分と向き合って、

色々なものを手に入れて、

そして色々なものを手放して、


初めから手に入れることを放棄してはいけない。

手に入れた上で手放す。


きっとそれが人生ってもの、


結局は「自分」か。

私は「自分」が好きなのだろうな。


年ばかりを重ねていく。

手に入れることを諦めないけれども、

その作業をしながら手放すことにも慣れていかないといけない。

 

それはきっと大きな傷みを伴うもの、

今までとは勝手が違うから、


だけれども、

その作業を怠ると、

きっと最後に後悔が残るのだろう。


残された時間はわからないから、

いつから始めても遅いということはない。

 

手に入れるばかりではない。

手放すということにも、

慣れていかないといけないな。