もしも自分が異性として目の前に現れたら

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意外とうまく行きそうな気がするな。


私は自分のことが好きなのか。

ナルシストもいいところ、


一途に向き合ってくれるし、

会話のテンポや話題だって合う。

器量だって良くはないが悪くはない。


「同族嫌悪」


そういう言葉がある。


人から見えている自分と、

自分が認識している自分には乖離がある。


人は自分の嫌いな部分に目が行きがち、

だからそこを投影して同族嫌悪に陥るのだろう。


私は私のどこが嫌いなのか。


いつまでも引きずって立ち直りの遅いところ、

いざというときに勇気が足りないところ、

いいところまで行って結果が出ないところ、


なんだ。

可愛いものではないか。


相手のそんなところくらいは、

笑って許せるな。


容姿は少なくとも美人ではないだろう。

年齢の方はギリギリだ。


これでは、

容姿と年齢で足切りしてしまうかもしれない。


会って話してみないとわからないのに、

そうやって出会いを狭めている。

 

一人一人とのやり取りには限界があるから、

数字だけで関係が終わってしまう。

その中に私にとっての世界で一番素敵な人がいるかもしれないのに、


婚活って、

不自然なもの、


人柄よりも、

条件が先に来てしまうから、

人を道具のように見てしまう。

 

できるだけ、

じっくりと向き合って、

ゆっくりと時間をかけて、

そうやって距離を縮めていくしかないのかな。


「生身の人との触れ合い」


結局はそれを求めているのだ。

メッセージだけで自尊感情を満たしたところで、

それは独りよがりなのかもしれない。

 

今やりとりしているお相手は、

昔の自分にとてもよく似ている。

そこに魅力を感じている。

 

私はやはり自分が好き、

ナルシストなのだな。