
死を恐れなくなったら人間最強だろう。
最強にして最恐だ。
少し前にはやったワード、
失うものは何もない。
そんな「無敵の人」
世の中には意外と、
「いつ死んでも構わない」
そう思って生きている「無敵な人」がいるのだろう。
パチンコ屋に人が集まる心理、
単に依存症というよりも、
考えなしというよりも、
もしかしたら「いつ死んでもいい」
そんな思考回路なんじゃないかな。
「死ぬ気になれば何でもできる」
戦争が生み出した狂気って、
きっとそういうところから始まるのだろう。
だからその真逆、
人間臭さって「死ぬのが怖い」って気持ち、
そういうところから生まれるのだと思う。
私は「人間臭さ」が好きだ。
人のそういうところを見ると、
「自分の弱さを肯定してあげてもいいんだ」って、
そう思えるから、
その源泉が「生への執着」ならば、
とことん生きてみるのも悪くはない。
醜さをまき散らして、
とことん生にしがみついて、
惨めで哀れで恥ずかしくて、
それでもぶれない。
「生」を全うするんだってことからは、
ぶれないで生きる。
そういう人が最高に人間臭い人なのかな。
だけれども気を付けなければいけない。
自分の生に執着するあまり、
他人を道具のように使うようになったら終わり、
「人間臭い」って、
自分だけでなく人のものも含めて、
「命」を大事にするって気持ちから生まれるのかな。
植物も虫も動物も、
弱肉強食の世界で生きる者たちは、
他の命を自分の生をつなぐためのものとして使う。
だからそれとは逆、
自分だけでなく家族だけでなく、
他人のものも含めて「命」を大事にするって、
人間特有の行為なのかもしれない。
人類が他人のことまでかまうことができるくらいに、
余裕を持った生活を送れる理由って、
緻密なコミュニティを形成しているから、
人だって動物だから、
環境さえ整えば、
簡単にダークサイドに落ちてしまうのだ。
気を付けないといけないな。
狂気に支配されてしまったら、
もはや人ではなくなってしまう。
「人間臭さ」
その言葉の中に、
「豊かな人生」の答えが隠されているのかもしれない。
だから、
「生き延びよう」
わたしはそう思う。