人間の3大邪悪特性「マキャベリズム」

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人間の3大邪悪特性として挙げられる、

ナルシシズムサイコパスマキャベリズム、


ナルシシズム=自己愛が強い

サイコパス=他人を思いやる気持ちの欠如


この2つは聞き慣れたものだ。


だけれども聞き慣れないのが、

マキャベリズム」


君主論』で有名なイタリアの思想家である、

マキャベリに由来するものらしい。


世間一般で解釈される彼の主張はこうだ。

「目的のためならば手段を選ばない」


そこを切り取って、

そういう性質の強い人を「マキャベリスト」と呼ぶ。


3つの特性には共通点がある。

とにかく視野が狭いことだ。


「自己陶酔」「快楽」「目的」

それぞれを推し進める上での犠牲を顧みない。

そうした強烈な推進力を持っている。


だからこそビジネスでの成功者が多く、

その魅力に心酔する人も少なくないという。


「邪悪特性」


そう聞くと全くいいイメージは浮かばない。


サイコパス」と聞くと、

伊藤英明さん主演で映画化された『悪の教典』が思い浮かぶ。


教師でありながら、

生徒たちを嬉々として次々に殺していく姿に、

サイコパス」ってこんななんだって、

そんな恐ろしいイメージを植え付けられた。


だけれども、

サイコパスの気質を持っていても、

それを全く制御しないケースは稀である。


欲求の目的をどこに置くかで、

行く末は大きく変わる。


幼少期から「社会的に」正しい行動規範を植え付けられていれば、

この気質を持っていても暴走することはない。


そもそも誰しもが、

大小そういう気質を持っているんじゃないかな。


社会という枠組みが生まれて、

ルールが幅を利かせるようになったから、

「社会不適合者」は排除される。


結局はそういうことだ。

 

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こういうことを考えていると、

「普通」って何だろうって疑問に突き当たる。


「普通」って、

社会が作り上げた「市井の人像」のことなのかな。


そうだとしたら、

表面はそう装っていても、

「普通」の人なんて誰一人いないことになる。


あっ、いるかもしれないな。

「ルールを守ることに命懸けている人」

たまにそういう人に出会うな。


そのたびに思うのだけれども、

アイデンティティを誰かに委ねていいの?」って、


直接なにか理不尽な被害を受けたら、

また考えは変わるのかもしれないけれど、

私は「3大邪悪特性」って別に悪くないと思う。


それよりもむしろ、

「ルールを守ることに命懸けている人」のほうが、

「大丈夫か?」って思う。


・正義マン(ルールを破る人を過剰に攻める)

・法律大好き

・行動規範は他人と比べてどうか

・指示されたことしかできない


そういうのって、

自分の理想が痩せっぽっちだから、

ただ役割を演じているだけじゃないの?


人間だったら自分で考えて、行動して、

うまくいってもいかなくても、

その結果に責任を持つ、


なんでもいい。

誰かに度し難い迷惑をかけない限りは、

何かに夢中になっている人は素敵だ。


社会が作り上げたルールは大事、

自分だってそのルールに守られている。


だけれども、

そこに自分を委ねすぎると、

何のために生きているのかわからなくなる。

 

必要以上に人とぶつかる必要はないけれども、

主張すべき時に主張すべきことを主張できない。

そんな生き方は私には耐えられそうにない。


欲求に偏りすぎてもダメ、

ルールに偏りすぎてもダメ、

ダメ、ダメ、ダメ、


世の中はダメなことばかりだ。


ほとんどすべての国民がスマホという名前のカメラを持ち歩いて、

何かあれば世界中の人にそれを知らせることができて、

自分たちで自分たちを監視しているのだから、

 

いや全くご苦労なことで、


パノプティコンなんて枠組みは必要ないな。

いや、新しい形のパノプティコンなのか。

全員が看守であり囚人、


囚人を社会的に抹殺できる力を持つと同時に、

自分がいつ誰に抹殺されるかもわからない。


そんな世界、

「僕は嫌だ!」


平手ちゃんのあのセリフ、

もう見られないのかな。

 

「3大邪悪特性」


性悪説を唱えるつもりはないけれど、

人の欲望が暴走する土壌は十分に整っているのだ。


我々はどこに向かうのだろう。

 

半分以上、

マキャベリズム」とは関係なくなってしまったな。

これではタイトル詐欺だ。

 

失礼、

どうか社会的に抹殺しないで欲しい。