誰もが「批評家」だから「傍観者」になりがち

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朝井リョウさん原作の映画『何者』を見て、

ガツンとパンチの効いたラストに、

とても思うところがあった。


現代の闇を浮き彫りにする、

とても面白い切り口だ。


「傍観者」


何に対しても他人事で、

大事なはずの自分の将来ですら自分事にできない。


誰かを批評することで、

自分がその人の上に立っているような気になって

今にもつぶれてしまいそうな自尊心を守る。


そんな「自己防衛本能」


気が付いてしまったら最後、

ダムが決壊するように押し寄せてくる。


これまで堰き止めていた、

思い通りにならない「現実」ってやつが、


気が付くと周りは随分と先に進んでいる。

 

自分と向き合う人たちを小馬鹿にして、

自分と向き合うことから逃げていたツケが回ってくるのだ。


BUMPOFCHICKEN『涙のふるさと』

「逃げてきた分だけ距離があるのさ

愚痴るなよ自業自得だろ」

 

誰もが「批評家」


どこかしこでレビューを求められて、

それに投稿すると礼を言われる。


「自分は特別で自分の考えには価値がある」

簡単にそんな気になれる世の中だ。


だけれども「傍観者」になったら終わり、


自分の人生を生きてくれるのは自分だけ、

どんなに世話を焼いてくれる家族や仲間がいたとしても、

代わりに人生を生きてくれることはないのだ。


「批評家」は「傍観者」になりがち、

気を付けなければならない。


私も批評者の気がある。

そしてペシミストだ。


「自分の人生には責任を持つ」

そのことだけは忘れないようにしないと、

 

誰かのせいにしていれば楽、

だけれども気がつくと何も成長していない。

 

手遅れになってしまう前に、

人のせいにすることはやめないと、