「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

自分の「変わった部分」に活路がある

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人がやりたがらないけれども、

自分は好きな(苦にならない)こと、

 

ビジネスモデルとして切り込んでいくならばそこだ。


そんな記事を読んだ。


なるほど、需要と供給の問題、

それって「恋愛」でもそうなのかな。


私は「たくましい」女性が好きだ。

「たくましい」というか、

「群れない」女性というべきか。

 

女が3人以上集まるとロクなことはない。

経験上そう思っている。


前に一度書いたかもしれないけれど、

高校生の時に気になっていた女の子、


「好き」とは思わなかったけれど、

気が付くと目で追っていた。


クラスではいつも一人だった。

だけれども部活の仲間とは仲が良くて、

自分の世界を持っていた。


口調から察するに、

だいぶ気が強いほうだ。


「群れない」


そして私の視線に気が付くと、

キッと睨み返してくる。

私は目を逸らす。


「これって恋じゃないの?」


そんなやり取りだったけれども、

今振り返ってみても「恋」ではなかった気がする。


「人として気になっていた」


年頃の女子ってみんな「自分が無い」


いや、それは偏見で、

「無いようで有る」のかもしれない。

 

だけれども、

同調圧力に身を委ねることが生きるための術、

思ってもいないことに「わかる〜」って、

それが「居場所」を確保するための術なのだ。

 

そんな年頃女子の中で、

彼女は自分の世界を持っているように見えた。

だから気になる存在だった。


『君の膵臓をたべたい』


あそこまで関係は進んでいないけれど、

あれに近い感じだろうか。

「一目置く存在」と言ったところか。


「群れない」女性が気になる。

今もその傾向は変わらない気がする。


何度か記事に登場しているけれど、

一緒に仕事をして「自分と同じ人種だな」って思った10個年下の子、

彼女も「群れない」タイプだ。


「群れない女性」


パーソナリティが肥大化する時代、

最近は増えているのかもしれないけれど、

「女性」としてはまだまだ少数派だろう。


そしてそういう女性は、

あまり男の目にはつかないように思う。

容姿が良ければ別かもしれないけれども、


気持ちを表に出すことが下手で、

だけれども実は思いやりがあって、

必要以上に人と関わらないけれども、

関わった人には誠実で、

意にそぐわなければキッパリと「No」を言える。


そして「私ってサバサバ系じゃないですかー」

いやそれは違う。

自分にラベルを貼りたいだけだ。

そういう自己主張をしない人、


そういう女性がいいのだ。


だけれども理想を挙げてみると、

これって需要がありそうだな。


ニッチなところに活路を見出すつもりが、

どうやらそうもいかないようだ。


気が強くて「触れたらケガしそうな女性」

「きれいな薔薇には棘がある」っていうけれど、

そういうのは私は苦にならない。

 

筋が通っていて、

その振る舞いの根底に「誠実さ」があるならば、

気の強いくらいがちょうどいい。

 

男なんて普段は尻に敷かれていて、

イザという時にだけ役に立てばいい。


私の変なところ、


食事に行って、

何を食べても「おいしい」っていう人より、

「これはおいしいけれど、これはイマイチだった」

みたいなことを平気で言いだすほうが「おっ」って思う。

 

もちろん店員さんの前で言い出したら引くけれど、


だから少しくらい自意識過剰で、

私の知的好奇心を刺激してくれる人、


そういう人がいいのかもしれない。

きっと私は「課題」が欲しいのだ。


だから適度にヒヤヒヤさせてくれる。

そういう相手を求めているのかもしれない。


そう考えると少しはニッチになってきたか。


私は紛れもなく「こじらせ男」だ。

だから「こじらせている女性」と合うのだろう。


あとは「こじらせている部分」に、

少しくらいは共通点があればいいのだけれども、