「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

「おかしい」と言ってもらえることのありがたさ

f:id:tureture30:20201012062146j:image

 

年を取れば取るほどに、

立場が上がれば上がるほどに、

「おかしいこと」をしていても、

それを指摘される機会は少なくなる。


だからこそ、

フラットな関係をいくつも持っているということ、

それは「善く生きる」上での大きな強みになる。


今は簡単に切れる「つながり」ばかりだ。


「つながり」の数ばかりを気にして、

その数が多いほどステータスになる。


自分にとって、

「耳障りの良い」意見の持ち主とばかりつるんで、

反論に対する耐性はダダ下がりになるのだ。


あまりにも度を越しているものはともかくとしても、

「痛いところを突かれたな」って、

そういう指摘をされたときに、

人の真価は問われるんじゃないのかな。


「グサリ」と刺された痛みに耐えながらも、

それを「グッと」堪えて受け止められるか否か。

 

将来はそこで分かれるのだ。


「自分の考えはおかしいのかもしれない」


生きていれば、

そう思う場面はたくさんあるだろう。

 

その時に周りが「イエスマン」ばかりだと、

その環境に慣れきって、

それを「疑う」ことすらやめてしまう。


「自分の生き方に疑問を持つこと」


ものすごく労力がかかる割に、

短期的に見ればものすごくリターンの少ない作業だ。

場合によっては長期的に見ても不毛に終わる。

そういうことも少なくないだろう。


だけれども、

その作業を怠るようになったら、

「人間終わり」なんじゃないのかな。


「善く生きる」上での正解なんてものは、

いつまで経ってもわからないし、

正解だと思っていたことが、

時とともに不正解に変わることも珍しくはない。


自分はいつまでも年を取るだけで、

経験を積み重ねているように思って、

成長したつもりになっているけれども、

「手放す」ことだって成長なのだ。


年を取ればとるほどに、

一緒に生きてきた「自分」ってやつへの愛着が湧く。

 

変に自信がつくものだから、

「自分」ってやつを知った気になって、

苦労のない方向にばかり自分を導いてしまうのだ。


自分とは異なる意見を「異物」と捉えて、

免疫機能が働くようになったら過剰防衛だ。

正しく動いている自分の細胞まで傷つけてしまうことになる。


「心の免疫反応」が正しく機能するように、

無菌室に閉じこもっていてはいけないのだ。


「クズみたいな女性たち」


ここ数年色々あったけれど、

私の「弱さ」や「コンプレックス」を、

「これでもか」というくらいに炙り出してくれた。


おかげでこうしてブログまで始めて、

「これでもか」というくらいに自分と向き合わせてくれている。


ここ最近は、

私の中の「ドス黒さ」を垂れ流すような記事はめっきり減った。


アーティストは売れ出すと、

みんな「人間賛歌」ばかりを歌いだすようになる。


前にそんな記事を書いたけれど、

私のブログも吐き出すことで毒気が抜かれてしまって、

「人間賛歌」のフェーズに移ったのかな。


私に関わってきた全てのクズどもに感謝と敬愛を込めて合掌、

 

この先の景色を楽しみにしながら、

先に進むことにしよう。