「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

伊藤計劃『ハーモニー』

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「人類が目指す理想の最果て」

 

テーマの面白さも去ることながら、

緻密な構成と世界観、


そして比喩表現や言葉の言い回し、

章を終えるごとに次のページをめくりたくなる疾走感、

一行一行にとてつもないセンスを感じる。


文庫本にして350ページ余り、

小説としての完成度の高さに脱帽する。


著者の伊藤計劃氏、


間違いなく天才だ。

惜しむべくは若くして亡くなったこと、


34歳、

脚光を浴びて間も無く、

肺癌で亡くなった。

そして『ハーモニー』は遺作となる。


2008年に発行された小説、


「健康の外注化」が進む近未来、

人々の健康は全て「生府」と呼ばれる政府が管理する。

現実でも世界は間違いなくそっちに向かっている。


「もうあるよ」

 

そんな象徴的な言葉で煽る、

Apple Watch」のCM、


あれはウェアラブルだけれども、

この世界では、ある年齢に達すると、

Watch Me」と呼ばれる分子を体に注入されて、

全ての身体的情報は「生府」の監視下に置かれる。


事の発端は「核戦争」

人類史上最大の暴力に晒されたのち、

生き残った人類はシステムを作り上げる。


人間の「暴力性」を飼い慣らすためのシステムだ。


「人体は社会資源で人類共有のリソースである」


教育の根幹にその「ドグマ」を据えて、

「いじめ」も「争い」も「スクールカースト」もない、

そんなゆりかごの中で子供たちは育つ、


「酒」も「タバコ」も、

「ポルノ」も「スプラッター」も禁忌とされ、

そのような文化は全て過去の遺物とされた。

 

金太郎飴のように、

「全ての人」が「全ての人」を慈しむ。

「人類共有の資源」として慈しむのだ。


まさに「ユートピア

平和な世界だ。


だけれども、

人生を「質」にいれて、

互いが互いに「理想」を押し付ける。


見方によっては「ディストピア

そんな世界だ。


その世界に「異」を唱える3人の少女、

栄養阻害剤を服用して自死を図る。


そんなところから始まる物語、


「私の体は私のもの」


世界に逆らうには、

共有資源である自らの肉体を殺すしかないのだ。


3人のうち1人だけが逝ってしまった。

行けなかったことに対する罪悪感を持ちながらも、

生き残った2人はそれぞれの人生を生きる。


少女の自死から13年が経つ頃に、

ある事件が起きる。


見え隠れする、

死んだはずの少女の影、

物語は急速に進み始める。


「人類の進歩」


人類は文明の進歩とともに、

多くの危機を乗り越えた。

そしてその方向性は揺らぐことはない。


そんな進歩に対する「アンチテーゼ」

そんな小説だ。

 

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日本では若者世代の死因の第1位に、

自死」が挙がる。


福祉国家である北欧では、

バックパッカーになる若者が後を絶たないらしい。


人は「理由でを求める生き物」だから、

「ただ生かされていること」に耐えられないのだ。


便利になればなるほどに、

「生き方」は洗練されていく。

 

溢れ返る情報を元手にして、

選択しているようで選択させられている。

 

これだけヒントが散りばめられていたら、

行き着く答えは大差ないものだ。

 

そして、あらゆる角度から複雑な方程式を解き明かすことで、

「人間関係」までが洗練されていく。

そこに答えが出るのは時間の問題かもしれない。


新世紀エヴァンゲリオン』の人類補完計画

あれも似たようなもの、

人類の進歩に対する「アンチテーゼ」だ。


人類全体が「平和」という名の共通の目的に向けて収束していくならば、

もはや一つになるしかない。


「体の境目」も「人格の境目」もない。

ただ一つになる。

『ハーモニー』での結論はそこまではいかない。


だけれども、

人類の「理想」を突き詰めると、

どうしたってそういうところに行き着く。


あとはどこで折り合いをつけるかだ。


その折り合いのつける箇所が、

エヴァ」と『ハーモニー』では異なる。

ただそれだけのこと、


「人の習性は虫に近い」

「人は社会的動物」

「人は理由を求める生き物」


「人」とはなんなのか。


非常にロジカルに、

非常にテンポよく、

その限界ギリギリに挑戦した作品、


凄まじい衝撃を受けるとともに、

ページをめくる手が止まらなかった。


「キレイゴト」の先にあるもの、


もはや「文句の付け所のない」

そんな万人受けするような「キレイゴト」ですら、

疑ってかからなければならないのかな。

 

所々に散りばめられた、
ナチスドイツ」との対比は見事だ。


掲げる「お題目」如何に関わらず、

突き抜けた目的を与えられると、

「民意」の歯止めは効かなくなるのだ。


「人」「人」「人」


「人間」とはなんなのだろう。

そしてその集合体である「人類」とは、

いったいどこへ向かうのだろう。


そのような「問い」に興味があるならば、

必読の書だ。