「ペットボトルの中」に見える景色

f:id:tureture30:20201217061126j:image

 

ペットボトルで水を飲む。


少しずつ斜めに傾けながら、

目線よりも上にかざしてみる。


舌を使って出口を堰き止めて、

少しずつ角度を増していくボトル、


75度くらいまで上がったところで、

ふとボトルの中に視線を注ぐと、

「水の中」にいるみたい。


そのことに気が付いてから私は、

何かに後押しされるかのように、

自然とその行為を繰り返すようになった。


「重力が失われていく」

 

一種の暗示のようなものだろうか。

 

高々500mlの「小さな水の塊」

その中に私の心は溶け込んでいく。

 

そして「スッ」と重力を失っていく。

 

散らかった言葉たちが、

水中に身を預けて「ふわり」と浮かび上がり、

あるべき場所に引き寄せられていく。

 

頭の中に「隙間」ができる。


「どうでもいい」って、

「別にどうでもいい」って、

 

出来上がった「隙間」に、

私はそんな言葉をぶち込むのだ。


目の前に課題があって、

あまりにもそれに近づきすぎてしまうと、

その「課題」に目隠しされてしまう。


「目の前のこと」


それが人生を左右する一大事、

そんな風に見えてしまいがちだけれども、

大抵そんなことはないのだ。


だから無重力に身を任せて、

見える景色が変わってきたら、

改めて「身の振り方」を考えてみればいい。


コンビニでコイン一つでお釣りが来る。

100円にも満たない、

そんな水の入ったペットボトル、

 

使い方次第では、

その価値を100円以上にすることができるのだ。


人生ってものは大抵何とかなる。


何とかならなそうなことに直面しても、

人は強かに立ち回り、なんとかするのだ。

 

人は恐ろしく弱くなる時もあれば、

恐ろしく強くなる時もある。

 

そのギャップに傷つけられることもあれば、

それに救われることもある。

 

だから私は今日も、

ペットボトルの中を覗き込んで、

頭の中に「隙間」を生み出す。

 

そして「どうでもいい」って、

自分に言い聞かせるのだ。