今季もフィギュアスケートが始まった。
世界の状況から大会を開催するのにも、
大きな苦労があるのだろう。
そんな中で行われた全日本選手権、
圧巻の演技で羽生結弦選手の優勝となった。
前にも一度記事にしたけれど、
羽生くん、
彼は本当にすごいと思う。
競技はもちろんのことながら、
まだ26歳にして、
人間としてこれほどまでの完成度の高さ、
こんな人は見たことがない。
一見ナルシストに見える彼の振る舞い、
あれは「セルフブランディング」なのだ。
己の中に完璧な「羽生結弦」という名のブランドを打ち立てて、
そのブランドとしての振る舞いを自分に遵守させる。
とことん自分を追い込んで、
その上でそれに打ち勝つことで結果を残す。
誰との戦いでもなく自分との戦い。
そして結果にもこだわる。
「完璧主義」
それの究極系のように思う。
さらに今季はコーチが不在とのこと、
「キスアンドクライ」で自らのVTRを見る場面では、
競技者というよりも指導者の目線だった。
もはや一人だけ違う次元で戦っている。
この境地に至るまで、
どれだけ自分と向き合ってきたのだろう。
もはや「競技者」の枠を超えているように思う。
言動から察するに、
おそらく彼はとても繊細で傷つきやすい性格なのだろう。
周りに対する気遣いや、
世界に対するメッセージ、
競技に対する「真剣さ」と「飽くなき探究心」
率直にすごい。
いや、凄まじい。
気が狂ってもおかしくないレベルの意識の高さ、
そこに向き合い続ける意志の強さ、
一言で言えば、
「人としての完成度が高い」
そういう表現がしっくり来る。
ただ、
それは「高ければ高いほど良い」というものでもない。
「根源的な弱さ」
そういうものは確かに存在していて、
どんなに「強く」なったとしても、
時折顔を出してくるのだ。
その時に「理想」とのギャップに絶望してしまうと、
ポッキリと折れてしまう恐れがある。
あまりにも「理想」が高すぎると、
それを理解してくれる人となかなか出会うことができない。
そして「自分」が「自分」に押し潰されてしまう。
高い次元での「生きることの辛さ」
そういうものを嫌というほど感じているのではないか。
「画素数が高い」
少し前にそういう記事を書いたけれど、
見えるものが多いと、
それだけ多くの苦しみを引き受けてしまう。
彼の発するメッセージから、
そういう「苦しみの片鱗」を感じたのは私だけだろうか。
もはや彼は、
凡人に理解できる次元ではないのかもしれないし、
見えないところでは苦しみ抜いているのかもしれない。
それは本人にしかわからない。
確かなことは、
彼の「凄み」は群を抜いているということ、
いったい何を目指していて、
どこにたどり着くのだろうか。
彼のたどり着く先に、
人間としての一つの完成系があるのかもしれない。
そう感じさせるくらいに、
本当にすごい人だ。