「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

「成功体験」依存症

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目を向けようとしないから気が付かない。

世界は「美しいもの」で満ち溢れているのだ。

 

「不安」に支配されるあまり、

人は人のことを疑って、

 

「傷つかないように」って、

予防線ばかり張って、

 

「敵を作らないように」って、

自分の気持ちを偽ってばかり、

 

自分の手で目隠ししてさ。

その顔を覆っている手をどけてみればいい。

 

頭の中で考えているよりも、

世界は輝いて見えるはず、

 

青空を見上げてみればいい。

うっすらと見えるお月様に笑われている。

 

そんなちっぽけなことで悩んでいるの?

 

人一人の命だ。

どれだけ大きく悩んだところで、

たかが知れているとは思わないかい?

 

人は目の前に、

達成困難な課題を突き付けられると、

そのことばかりに思考のリソースを奪われてしまう。

 

苦しんで、苦しんで、

悩んで、悩んで、

その末につかみ取った「成功体験」ってやつ、

 

誰もが一度や二度は、

そういう経験をしてきたものだから、

その魔力に魅了されているのだ。

 

「生きている実感」

 

いくらわかりやすいからってさ。

そのほとんどを「成功体験」に委ねてさ。

「望むものさえ手に入れればすべてがうまくいく」だなんて、

そんな幻想に縛られて生きているのだ。

 

「生きる」ってさ。

 

「成功」しなければいけないのかな。

「努力」し続けなければいけないのかな。

 

確かに、

つかみ取ったものが「生」を実感させてくれる。

それは否定しようのない事実だ。

 

だけれども、

誰もがこぞって「成功」ばかりを求めてさ。

安直すぎやしないかい。

 

「成功」なんてものは、

人生の一側面でしかない。

 

ふと見上げた空の美しさ。

眠れない夜に窓から差し込む月明かり、

吐く息の白さが際立たせる真冬の朝の澄んだ空気、

 

「生きている」実感なんてものは、

そこかしこに溢れているのだ。

 

それらを差し置いてさ。

 

「成功体験」ばかりを追い求めていたら、

多くの「美しいもの」を見逃してしまうんじゃないのかな。

 

「足りないもの」ばかりに目を向けて、

それ以外の部分は黒塗りにして、

どうしたら手に入れられるのか。

どうしたら満たされるのかってさ。

 

そんなことばかりに躍起になる、

その目は死んでいる。

幸せ求めて徘徊するゾンビみたいだ。

 

「成功体験」は大事、

「生きるに足る理由」になる。

だけれどもそれが全てではない。

 

だから私はやめた。

足りないものばかりを求めて、

それに縛られて生きることをやめた。

 

「心が望む生き方」の先に、

たまたま「望むもの」が手に入ればいい。

 

それくらいがちょうどいいのだ。