「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

質草

f:id:tureture30:20210109085801j:image

 

眼前に広野、

視界は不良、

背中には「翼」がある。


「人生」という名の険しい道のり、

加えて入り組んでいて、

どこをどう進めばいいのかもわからない。


「翼」なんて必要ない。

代わりに「光」が欲しい。

 

この道がいつまで続いているのかもわからない。

だから、未来を照らす「光」を下さい。


「あなたの人生をお引き受けしましょう」

ふと聞こえてくるそんな誘惑、


目には見えない声の主に、

縋りつくように呼応する。


続けて彼は言った。


「その「翼」と引き換えに「光」を与えます」

「ただし、これから先は私の言うとおりに生きてください」

 

「あなたの「自由」は私のもの、代わりに指針を与えましょう」

 

姿は見えないけれど、

その声色はどこか優しくも冷たい。


今日、明日を生きられるかもわからないから、

この苦しみを逃れるためには、

その優しくも冷たい囁きに応じるより他にない。


彼は続ける。


「「善」も「悪」も必要ありません」

「ただ言われたとおりに生きてください」

「あなたはそれで救われます」


「救い」

 

その言葉に惹かれるように、

彼の言葉をスッと飲み込んだ。


「うまくいかないことがあるならば、

どうぞ私のせいにしてください」

 

「考える必要なんてないのです。

私のせいにしていればいい」

 

「あなたはそれで救われます」

 

そうして手に入れた灯火、

それをかざした先に見える未来、

どうやらあまり芳しくはないようだ。


自分は悪くない。

悪いのは世界のほうだ。

そして、あなただ。

悪いのはあなたなんだ。

 

これ以上、

あなたを信じることはできない。


「私が信じられないですって?」

「だからあなたは救われないのです」

「私のことを信じなさい。

あなたはそれで救われます」


いいや、あなたを信じられない。

あなたは都合の悪いことを隠しているだけだ。

 

「戦争」「貧困」「疫病」「差別」

世の中は「争い」で溢れている。

それに目をつぶったまま生きることはできない。


「私から離れるというのですね」

「どうぞお好きにしてください」

「どれだけ私に罵声を浴びせたところで、

私を選んだのはあなたです」

「そのことは忘れないでください」


眼前に広野、

視界は不良、

だけれども背中には翼がある。


そのフワフワした感触に、

「ゾッ」とすると同時に、

「ホッ」と胸をなでおろす。


大事なものを手放してしまうところだった。

 

人生を質に入れる経験も大事、

だけれども「流れてしまったら最後」

もう二度と手にすることはできない。