眼前に広野、
視界は不良、
背中には「翼」がある。
「人生」という名の険しい道のり、
加えて入り組んでいて、
どこをどう進めばいいのかもわからない。
「翼」なんて必要ない。
代わりに「光」が欲しい。
この道がいつまで続いているのかもわからない。
だから、未来を照らす「光」を下さい。
「あなたの人生をお引き受けしましょう」
ふと聞こえてくるそんな誘惑、
目には見えない声の主に、
縋りつくように呼応する。
続けて彼は言った。
「その「翼」と引き換えに「光」を与えます」
「ただし、これから先は私の言うとおりに生きてください」
「あなたの「自由」は私のもの、代わりに指針を与えましょう」
姿は見えないけれど、
その声色はどこか優しくも冷たい。
今日、明日を生きられるかもわからないから、
この苦しみを逃れるためには、
その優しくも冷たい囁きに応じるより他にない。
彼は続ける。
「「善」も「悪」も必要ありません」
「ただ言われたとおりに生きてください」
「あなたはそれで救われます」
「救い」
その言葉に惹かれるように、
彼の言葉をスッと飲み込んだ。
「うまくいかないことがあるならば、
どうぞ私のせいにしてください」
「考える必要なんてないのです。
私のせいにしていればいい」
「あなたはそれで救われます」
そうして手に入れた灯火、
それをかざした先に見える未来、
どうやらあまり芳しくはないようだ。
自分は悪くない。
悪いのは世界のほうだ。
そして、あなただ。
悪いのはあなたなんだ。
これ以上、
あなたを信じることはできない。
「私が信じられないですって?」
「だからあなたは救われないのです」
「私のことを信じなさい。
あなたはそれで救われます」
いいや、あなたを信じられない。
あなたは都合の悪いことを隠しているだけだ。
「戦争」「貧困」「疫病」「差別」
世の中は「争い」で溢れている。
それに目をつぶったまま生きることはできない。
「私から離れるというのですね」
「どうぞお好きにしてください」
「どれだけ私に罵声を浴びせたところで、
私を選んだのはあなたです」
「そのことは忘れないでください」
眼前に広野、
視界は不良、
だけれども背中には翼がある。
そのフワフワした感触に、
「ゾッ」とすると同時に、
「ホッ」と胸をなでおろす。
大事なものを手放してしまうところだった。
人生を質に入れる経験も大事、
だけれども「流れてしまったら最後」
もう二度と手にすることはできない。