「結婚」とは互いの背負っている荷物をシェアすること

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私には私の背負っているものがあって、

それに加えて将来背負うことになる荷物、

そんな「宿命」のようなものがあるのかもしれない。


そして相手となる女性もまた同様だ。


だから、先のことはわからないけれど、

「いっしょになる」と決める時には、

少なくとも今現在、互いが抱えている荷物をシェアできるのか。


それは大事な視点となる。


前に友人夫婦から紹介された女性がいて、

その人は難治性の持病を持っていると伝えられた。

もちろん命に及ぶものではない。


そのことが気にかかりながらも、

複数の友人同士の食事会のような形で、

一度会うことになった。


自立した考えを持っていて、

容姿もきれいな人だった。


結局は食事会みたいな感じだったから、

途中までいっしょには帰ったけれど、

連絡先を交換することなく終わった。


あとから話を聞くと、

その場で私のことを紹介するつもりだったけれど、

彼女は「叶わぬ恋」のようなものをしていて、

その相手のことを割り切ることができなかったらしい。


私も彼女の病気のことが気になっていて、

どこか「シェアする覚悟」を持てなかったから、

「そういうものなんだな」くらいに思い、

その後は彼女のことを考えることはなかった。


それから何年か経ち、

その紹介の話が再燃している。


彼女の問題はクリアになったらしく、

友人から「会ってみてはどうか」と連絡があった。

 

素敵な人だと思うけれど、

私の中で再燃するのは「相手の病気」と向き合う覚悟、


相手も私と同年代だ。

年齢も年齢なものだから、

気軽な気持ちで会うことはできない。


それに私は今、

他の女性ともやり取りをしている。

加えて他に紹介の話が控えていたりもする。


同時並行の婚活は不誠実と思いながらも、

女性たちの当たり前にそうする姿に傷つき、

「それならば」と私も「同じ穴のムジナ」となっている。


ここにきてまた再燃、

「紹介の話」が増えてきた。


いつだって重なるのだ。

 

私の人生を振り返ると、

出会いは重なることばかり、


複数の女性のはざまで揺れて、

「誠実」がどうの「覚悟」がどうのと考えているうちに、

愛想をつかして女性たちは去っていく。


その繰り返しだ。

 

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何度か書いているけれど、

「気のないやり取り」を続けている10個年下の女性、


その彼女と「とりあえず」関係を進めてみて、

うまくいけば一緒になればいいし、

そうでなければ相手は若いのでダメージも少ないだろうくらいに、

「覚悟」もなく漠然と先のことを考えていた私、


だけれども「私の恋愛」

やはりそんなに甘いものではないのだ。


いつだって奇跡的にうまくいかないことばかりで、

客観的に見ても「まさか」という状況でチャンスを逃し続けてきた。


女性たちのエゴに振り回されて、

「不安を解消するための道具」として扱われて、


そういう「秋の空」のような女心を嫌と言うほど見せつけられて、

「不信感」を募らせると同時に、

私も「不誠実」に染まっていった。


「覚悟」なんか持たなくていい。

「10数年彼女がおらず恋愛のリハビリが必要だ」

「みんなそうやって付き合っている」


自分にそう言い聞かせてきたけれど、

「私の恋愛」は人と同じようにはいかない。


もちろん相手のいることなので、

私の一存でどうこうなることではないけれど、

私はまた女性と将来のことを考えて、

真摯に自分と向き合わなければならないのだ。


なんだか疲れてしまうな。


会った瞬間に「この人だ」って、

そんなビビっとくるようなものがあればわかりやすいのだけれども、

そんな相手と会うことはほとんどないし、

会ったとしても相手が私に対して同じように感じるとは限らない。


それに向き合うべき3人中2人は既に会ったけれど、

ビビっと来なかった相手なのだ。


結局、私はまた「誠実」と「不誠実」

その間で頭を悩ませることになるのかな。


村上春樹ノルウェイの森』を再読したけれど、

物語が変わることはない。結論はいつも同じ、


人生に2回か3回しかないという、

「幸せになれるチャンス」と言うものを、

何を差し置いても掴み取りに行く。


「誰かに誠実で在り続ける」よりも、

「自分の人生に誠実であること」が何よりも大事なのだ。


そういう意味で私はきっと、

誰かの背負っているものをシェアして、

それと同時に私の荷物を相手にシェアするという「覚悟」

 

そういうものを持たなければならないのだろう。


なんとも面倒な「私の恋愛」

厄介な「宿命」を背負ってしまったものだ。

 

だけれども、

こればかりは仕方がない。

仕方のないことなのだ。