私が高校生の頃の話だ。
いつもおとなしくほとんど会話をしない田中くん(仮称)が、
ある日突然、髪を茶色に染めてきた。
それも普通の染め方ではない。
髪の一部だけを染める「メッシュ」という染め方だ。
しかも色は割と明るく目立つ色、
公立高校だったから別に規則は厳しくなかったけれど、
その田中くんの姿に周囲はざわつく。
全然そういうタイプではなかったからだ。
「ざわつき」とは裏腹に、
その後も田中くんは周囲の目を気にすることなく、
相変わらずおとなしく過ごす。
「変わったのは彼の髪の毛の一部分だけ」
「ざわついた」のは当日だけで、
その後は何事もなかったかのように周囲も落ち着きを取り戻す。
だけれども、しばらくすると、
噂を聞き付けた「やんちゃボーイ」が田中くんに近づき、
「なんで髪染めてきたの?」とからかう。
それに対して田中くんは俯いて何も答えない。
するとやんちゃボーイ、
「全然似合わないんだけど、メッシュチビ!!」と、
小柄な田中くんに対して、そう一言告げると満足そうに去っていく。
一部始終を横目で見ていた私は、
「あらら」と思った。
ここからは完全に私の妄想に過ぎないけれど、
おそらく田中くんは「変わりたかった」のだろう。
仲のいい友達もいない様子で、
体育でペアを作るときにはひとり余ることが多かった。
休憩時間も自席でおとなしくしている。
私は運動部だったが、ゲームや漫画に夢中だったから、
どちらかと言えばオタッキーなグループに所属していたので、
田中くんもそういう感じなのかと機会をうかがっては話しかけてみたが、
どうも話には食いついても来ない。
だから「一人が好きなのだろう」と思っていたけれど、
茶髪になった彼を見て「そうではなかったのかもしれないな」って、そう思った。
だからと言って、
積極的に関わるとかそういうことはしなかったのだけれども、
「からかわれた田中くん」
あそこで「髪を染める」という彼の踏み出した勇気の一歩は、
田中くんの人生にどのような影響を与えているのだろうか。
もはや調べる術はない。
卒業以来どころか、
在学中もほとんど関わることはなかったのだけれど、
なんだか、ふと思い出してしまった。
それもこれも「メッシュ」のせいだ。
「メッシュのポケットに入れておいたから」
会議資料の受け渡し場所として指定された、
カバンにある「メッシュのポケット」
その「メッシュ」の一言が、
私の記憶の奥底から「田中くん」の思い出を引きずり出す。
彼は今どのように生きているのだろうか。
バリバリメッシュを入れてヘビメタのバンドでもしているのだろうか。
それとも世界の片隅でひっそりと変わらず暮らしているのだろうか。
いずれにしても、
元気にやっているといいけれど、