「楽しむこと」が苦手

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ヤクルトスワローズOBの宮本慎也氏が引退に際して話していたこと、

「自分はプロ野球選手になってから一度も野球を楽しいと思ったことはない」


スワローズの背番号「6」と言えば宮本慎也

プロ野球ファンの間でも異を唱える人は少ないだろう。


堅実な守備でレギュラーを掴み、晩年には2000本安打を獲得、

ショートとサードで通算10度のゴールデングラブ賞を獲得した名手、


打席に入った時に歌われる応援歌のフレーズは、

「どんな打球でも逸らさない 慎也のショートは日本一」


攻撃時の応援なのに「守備」を褒められるという、

なんとも稀な選手である。


さて、冒頭の言葉、

宮本慎也さんは「仕事」としてそれだけ野球と向き合って来たということだ。


私が「人生を楽しんでいない」と感じたときに、

なんだかこのフレーズが浮かんだ。


パニック発作」を起こしてから、

私は自分の内面を注意深く探るようになった。


「どこか遠くへ行ってしまわないように」って、

「無理すること」を避けて、やるべきことを淡々とこなす。


それはそれで成果が上がるので、周りからは一定の評価を得るのだけれども、

「無理をしていないこと」を私が一番よく知っている。


だからどこか人生に物足りなさを感じていて、

だけれども「無理をすること」を体は許してくれなくて、

悶々としながら生きているのだろう。


「自律神経がバカになってしまった」


私がよく使う表現だけれども、本当にその通りなのだ。

急に眠れない夜が訪れたり、後頭部がヒリヒリして神経過敏になったり、

些細なことでイライラしては、その感情をいつまでも引きずったり、


こうなる前の私はもっと「合理的」で「大雑把」

どこか割り切っていたところがあった。


自分の感情に鈍感だったのだ。


だからストップ掛けずにどこまでも進み続けて、

「やりがい中毒者」になって脳内物質をドバドバ出して、

最終的にはメンタルをヤッてしまったのだろう。


「楽しむこと」が苦手、


楽しむためには「主体性」が必要だ。

私は私にセーブをかけ続けることで、

「楽しむことが苦手」になってしまったのかな。


何をするにしても「体調のこと」が頭から離れない。

「無理の効かない体」になってしまったのだ。


自分を解放して、

どこか投げやりになるくらいで、

適当に生きてみたらいいのかな。

 

挑戦の先に「未来」が見えなくて、

できるところまでしかやらないというマインドだから、

私は「希望するもの」を手にするまで至らないのだろう。


目まぐるしく入れ替わる感情の整理をしているだけで、

大きく疲弊してしまうのかな。


「停滞」が果てしなく続くこと、

それが私にとっては大きな苦痛なのだと感じた。


それならば先に進むしかない。


「苦しみ」を伴う結果になったとしても、

先に進むしかないのだ。