東京2020オリンピック閉会

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私の中でも何か一区切りがついたように思う。

 

開会式は予定があり、

あまり見られなかったのだけれども、

閉会式は初めから終わりまで見ることができた。

 

終盤に流れた「東京音頭

ヤクルトファンにとっては最高の演出だった。

世界中の人が音頭に合わせて踊る。

まるで世界がスワローズを応援してくれているかのようだ。

 

「世界融和」

 

国籍も性別も人種も関係ない。

コロナによる分断にも負けず、

人と人とは繋がっていけるのだ。

そんな素敵な演出だったと思う。

 

選手だけではない。

スタッフも真剣にこの時まで走り抜いてきた。

その集大成がこのオリンピック、

人類にとっても大きな区切りなのかもしれない。

 

次回は「パリ2024オリンピック」

こうして熱は聖火とともに伝わっていくのだ。

 

3年後に世界はどうなっているのか。

何事もなかったかのように元の世界へと戻っているのだろうか。

それとも人類にさらなる試練が降りかかっているのだろうか。

 

それは誰にもわからない。

 

だけれども、世界は回っていく。

時は先へと進んでいく。

 

その速度に振り落とされないように、

我々は自分の手足を動かさなければならない。

心を動かさなければならない。

 

「新しい時代の担い手」たち、

スケートボード競技が印象的だった。

 

岡本碧優選手が果敢にも大技に挑み失敗してしまうと、それを讃えるかのように他の国の選手たちが彼女を抱え上げる。

 

彼女たちの多くは10代だ。

競技によって優劣をつけることが目的ではない。

「いっしょに最高の場を作りたい」

そんなSNS全盛の時代を生きる若者たちの姿がそこにはあった。

 

我々の世代から上はもはや「レガシー」なのかもしれない。

「新しい価値観」がどんどん生まれているのだ。

 

もはやアスリートの多くは私よりも年下だ。

そう考えると自分が歳をとったことを感じる。

 

自らの価値観に拘らず、若い世代から学ぶ姿勢、

これから先、さらに歳をとって行くにあたり、

そういう「柔軟性」を忘れてはならないと感じた。

 

今回のオリンピックは、毎日のようにテレビにかじりついて応援していた気がする。

こんなにオリンピックに夢中になったのは初めてだ。

 

パンとサーカス

 

私には「サーカス」が足りなかったのかもしれない。

小難しいことばかり考えているよりは、

「生きている実感」の方が大事なことも少なくないのだ。

 

夢のような期間は終わりを告げた。

ここから先、私は新たなチャレンジへと進んでいく。

 

東京2020オリンピックとともに、

私にとっても一つのステージが終わったのだ。

 

さあ、新しいステージの幕開け、

なんだか、今から2024パリ大会が楽しみだ。

 

その時に私はどこで何をしているのだろう。

ひょっとしたらパリの地にいるなんてこともあるかもしれない。

楽しみで仕方がない。

 

「スポーツの力」

そういうものをまざまざと見せつけられた気がする。

 

パラリンピックの方も素晴らしいものになるといい。