見えなかった。
だけれども、確かに呼吸をしていた。
外気と吐息との寒暖差、
それにより私は私の呼吸を目にすることができる。
頭で理解していただけのことが、
ふと、目の前に現れる。
それは、当たり前だと思っていたことが、
実は多くの努力に支えられていたことを知る感覚に似ている。
これまで必死に生きてきたと思い込んでいても、
もしかしたら周りも同じように生きてきたのかもしれない。
それは個人の実感だから、
単純に比較することはできないけれど、
人はどこかで「自分は特別だ」と思い込んでいる節がある。
「アンコンシャスバイアス」
それがなければ人生は破綻する。
だから、すべてを否定するつもりはないけれど、
もっと、適切に比較相対する能力を身につけたい。
『攻殻機動隊』のように、
人はネットワークにつながることでその能力を得るのだろうか。
これから先の未来は、
「人」という存在はより観念的になるのかもしれない。
確かに存在する。
だけれども目には見えない。
そういう観念的なものが力を持つ時代、
合理的になればなるほど、
スピリチュアルへと回帰していく。
「自意識」は肥大化していく一方だから、
「肉体」という箱では手狭になっていく。
そうやって「解放」を求めて、
観念的なものに惹かれていくのだ。
口を尖らせて「ふぅ」と吐いた息は白くならない。
「ほっ」と一息ついた息は白くなる。
そこに人間という存在の「隙」を感じて、
少しだけ心躍る。
肩の力を抜いたその瞬間、
そこに「実存」がある。
鎧を着こんで、仮面をかぶって、
外向きの装いばかりを綺麗にしたところで、
吐く息は白くならないのだ。
目に見えないもの、
目に見えるもの、
それぞれに魅力はあるけれど、
目に見えるほうが安心できる。
これから先しばらくは、私は私の息を見て、
「自分は確かに呼吸をしている」と、
そう実感するのかもしれない。
寒くなってきた。
冬が近づいている。