「相性の良さ」
それを測るためのバロメーターは無数にある。
その中で、私にとってピンとくるものが表題のものだ。
相手に合わせて、相手に気に入られるための自分を演じているのであれば、それはどこか窮屈に感じるだろう。
おそらく「ありのままの自分」でいられることほど、心地よい状態はない。
気兼ねなく、弱さや汚いところも曝け出せる。
人間なのだから、誰しも自分の嫌いなところはある。
それを巧妙に隠しながら接することは、徐々に疲れが溜まっていく。
1回1回は大したことがなかったとしても、徐々にその相手と会うことが億劫になっていく。
やがて理由をつけて距離を取るようになるのだ。
だから、自分が相手といっしょにいる時に、イキイキとしていられるのかどうか。
そして、相手もイキイキとしているのかどうか。
それはとても大事なこと。
どちらかが、あるいは両方が無理をしながら続ける関係を続けることは無理が生じる。
私と彼女。
徐々に弱さを曝け出すようになった。
初対面からなんでも話し合うほど相性が良いと感じていたけれど、それでも話しにくいことはもちろんある。
彼女は、誰かに愚痴や不満を話すことが苦手な性格のようだ。
仕事での悩みがあったのだけれども、今までそれを私に話すことはなかった。
だけれども、それを私にぶつけてくれた。
私にはそれが嬉しかったのだ。
お互いの背負っているものを、お互いに背負い合う関係が夫婦だと思う。
そう考えると、私と彼女はまた一つ階段を登ったのかもしれない。
「会いたい」って、さりげなくそういうニュアンスのメッセージを送ってくれるようになった。
付き合って間もなくは、照れ隠しだったのかはわからないけれど、そういう素振りを見せてはくれなかった。
ここは「非モテコミット」をしないように、私の方がグッと堪えた方が効果的なことはわかっているのだけれども、気がつくと私の方も「会いたい」と伝えている。
もはや、駆け引きなんてものは必要ないのだろう。
私と彼女は惹かれあっている。
そして、お互いがそれを隠すことなく接するようになった。
私の恋愛における発達は、高校生と何ら変わらない状態だから、年甲斐もなくラブラブなカップルをしたいと思っている。
これまで誰にも向けることのできなかった愛情をすべて彼女に向けるのだ。
私のそういう態度に対して、彼女は嫌ではなさそうだ。
それどころか、私の直接的な表現が嬉しい様子だ。
お互いが自然体でいられるように進んでいく。
私と彼女は確かに歩みを進めている。
並んで手を取り合い、時には私が半歩前に出て、時には彼女が半歩先は進み、そして、概ね同じ歩幅で隣を歩いている。
たまに私が隣に顔を向けると、同じタイミングで彼女もこちらを向いている。
そんな居心地の良さを感じる。
まだ少しばかり彼女の前ではカッコつけているけれど、私は彼女といる時の私が好きだ。
彼女も同じように思ってくれていると良い。