過去に私の書いた記事たち、
そのうち公開しておらず、ストックしているもの。
転職してからは余裕がなく、だいぶそれらを消化したけれど、それでもまだ幾らか残っている。
時を遡れば遡るほど、公開することを躊躇い続ける理由があることがわかる。
だいぶ尖った内容のものが多いのだ。
中には、よく書けているものもある。
だけれども、多くは弱者男性としての立場で書いたものだから、今の私の感情とは、あまりにもかけ離れているのだ。
もしも私がここから先、付き合っている彼女とうまくいかなかったならば、このストック記事たちにも出番はあるのかもしれない。
だけれども、今の私には彼女と先に進まない理由がない。
お互い、やりとりする内容からは、日に日に想いが募っていることが見てとれる。
おそらく彼女も同じ気持ちでいてくれているはずだ。
少なくとも、私の彼女に対する感情は「尊敬」から始まっている。
こんなことは稀だ。
かなり年上のお姉さまならばまだしも、
①同世代の女性に対して、私が心からの「尊敬」を寄せること。
加えて、②相手も私に対して、少なくとも「パートナー」としての合格点を与えてくれていること。
この二つが重なったから、今の私たちの関係がある。
土台に「尊敬」という誠実な感情があるからこそ、関係性が進むにつれて、自然と性愛を育むことに対しても嫌悪感が生まれてこない。
これは私にとって、少なくとも結婚を意識してからは初めてのことだ。
相手に対する自分の気持ちの出どころが誠実なものか否か。
私はそんなことばかりを考えてはチャンスを逃す臆病者だった。
人よりも、うんと長く気持ちを温める。
確かに相手からのアプローチだったはずなのに、いざ私が行動を起こす頃には、相手の気持ちは冷めている。
何度も書いてきたが、それが私の恋愛サイクルだ。
だけれども、私の彼女もまた、長い恋愛サイクルの持ち主のようだ。
彼女にとっての恋愛は、一世一代の大勝負のような覚悟を感じる。
だからこそ、私も覚悟を持って彼女と向き合う必要があるのだ。
そして、それが私には心地良い。
自分の「彼女に対する感情」が、確かに誠実なものであることを実感することができるからだ。
妙齢だから当たり前なのかもしれないけれど、彼女の私に向けられる気持ちは、日に日に重くなっていく。
そして、今は「重い」と言われる私の愛情の重さを上回った頃合いかもしれない。
確かに、人として、そして徐々に「男」として愛してくれているのだなと感じることができる。
それは、ボロ雑巾のように女性たちに弄ばれた、私の「男としての自尊心」を繕ってくれるのだ。
「結婚に向けての割り切った関係」
私の年齢からしても、ある程度は仕方がないのかもしれないと、恋愛に対して少し諦めの気持ちがあったけれど、彼女は簡単に、その「諦め」を打ち破ってくれた。
最初は関係が進むことに戸惑う様子だった彼女、
覚悟を決めた女性は強い。
今の私たちは、確かに「恋人」をしている。
使えなくなったストック記事にはこのまま眠っておいてもらおう。
あまりにも私の気持ちは変わったのだ。
そして、もうあの時みたいな状況には戻りたくない。
私は進むのだ。
私は彼女と共に、先へと進むのだ。
そして、それは大変だけど幸せな日々になると信じている。