「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

自分の思いを次の世代に託す

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長女が産まれてから、私の人生観が大きく変わろうとしている。

次の世代に思いを託したいという考えが、日に日に高まっているのだ。

 

子供という存在は、想いを託すに足る存在。

むしろ最たるものと考えて差し支えないだろう。

自分が叶えられなかった夢を子供に押し付けるような、変な期待をかけすぎてもいけないが、ある程度はそういう気持ちが生じでもおかしくはない。

 

私の感情は、そう言った類のものなのだろうか。

自分ができなかったことを、子供に叶えて欲しいと思っているのだろうか。

それとは少し違う気がする。

 

私が生きる中で培ってきた思いや生き様を、子供にも継いで欲しいという気持ちの方が強い。

そして、それを発展させて違う時代を生きる姿を見せてほしい。

そういう感覚だ。

 

そういう意味で、私の人生の主役は私ではなくなったのかもしれない。

そうやって移り変わっていく。

主役の重圧から解放されていく。

そして、新たな役割が始まっていくのだ。

 

少し前までは、自分の人生の責任は自分で取るしかない。

最後は全部自分で乗り越えるしかないと、自分が主役であり続けなければならないと、そう思っていた。

「責任」という点では確かにそうなのかもしれない。

 

しかし、人生は長い。

その長い間をずっと主役として表舞台に立ち続けることは大変なこと。

どんどん体力は衰えていく。

だから、自分の人生であったとしても、ずっと自分が主役でいる必要などない。

今はそんな気持ちが生じている。

 

私の人生はライフステージと共にロールプレイが変わっていくのだ。

結婚した時は、夫という役割が新たに加わり、子供が生まれたら、父という役割が加わる。

もちろん主役である場面もゼロになるわけではない。

 

複雑な役割をこなしていく中で、色々な色で染められた、私だけの人生が紡がれていくのだ。

単色でもきれい。でも、私は多くの色で私の人生を染め上げることを選んだ。

 

それを作り上げる過程を妻と子供と共有する中で、「私」という生き方は、子供にどう影響していくのだろうか。

 

押し付けるでもない。見放すわけでもない。

ちょうど良いバランスで価値観を共有できると良い。

これから先、私はずっと親であり続けるのだ。

そして、彼女はずっと私の子供であり続けるのだから。