
人は歳をとるごとに自分のことを知る。
自らの立ち位置を知る。環境を知る。
そして天井を知る。
でもそれは悪いことばかりではない。
歳を取ると足元が見えてくる。
可能性が無限に広がっていると信じていた頃は、上ばかりを見ていた。
自分の健康や、感情や、時には周りの人を蔑ろにして、ただ上ばかりを見ていた。
そして、天井が見えてくると目のやり場に困る。
事を欠いて足元を眺めてみる。
そうすると、自分が蔑ろにしていたものが転がっている。
そこからがまた新しい人生のスタートだ。
若いうちは良い。
健康管理をしなくても体の自浄作用で無理をすることができる。
しかし、それは人口ボーナス期のようなもので、永遠に続くことはない。
体の疲れが取れにくくなり、コッテリとした食べ物を胃が受け付けないようになったり、睡眠に不自由が生じてきたり。
徐々に体は悲鳴を上げていく。
どこかで折り合いをつけていかなければならないのだ。
無理の効かなくなった体を抱えながら、そこから先の人生を生きなければならない。
そうすると自然と足元ばかりを気にするようになる。
自分の健康や、感情や、周りの人のこと。
それを見つめることで、人は自分の身の丈を知るのかもしれない。
それぞれのライフステージがある。
今はそれが多様化した時代だから、何歳でどのライフステージを経るのかは人それぞれなのだろう。
それでも避けては通らない。
どこかで皆が経験するターニングポイント。
人生にはそういうポイントがいくつか転がっていて、今の私はそのポイントに差し掛かっているのかもしれない。
いや、妻と出会ってからは、そのポイントが短期間にとめどなく押し寄せている。
そんな感覚だ。
価値観は変わっていく。
まだ凝り固まっていない自覚はある。
だけれども、これから先に、昔のような柔軟性を取り戻すような予感はない。
そろそろ私も足元を固める時期になったのだろう。
環境が変わっても、手足を動かしていても、心が動かなくなる。
歳をとるにつれて、そういう時が誰しもに訪れるのだろうか。