
サービスを提供する人がいれば、
それを受ける人がいる。
そのサービスに需要がなければ、
対価を払ってそれを受けようと思う人はいない。
そのサービスに需要があるからこそ、
ビジネスは成り立つのだ。
提供するサービスに依存させること。
それができれば儲かるビジネスとなる。
酒、タバコ、ポルノ、ギャンブル、ゲーム、薬物など、人の欲望に直接訴えかけるものに対するサービスはなくなることがない。
「満たされない」
その感情は少しずつ蓄積されていく。
やがてそれが顕在化するとコンプレックスとして、その人の抱える課題になる。
だから、それを満たすためのサービスが必要になる。
それを満たされた時の快感が大きいほど、人はそれを満たす行為に依存する。
きっかけは些細なことなのだ。
依存症になるプロセスなんて、あってないようなもの。
誰もが些細なきっかけで依存症に陥る可能性がある。
コンプレックスを抱えて生きることは辛い。
それを食い物にしてさ。
どんどん依存させることで金を巻き上げる。
そういうビジネスをしている人は、どこかで足元を掬われる。
人の恨みを買うビジネスモデルだからだ。
いかにそれを正当化しても、自分は自分の行いを知っている。
人を食い物にして私服をこやしていることを知っている自分からは逃れることができないのだ。
それを誤魔化すために鈍感に変わっていく。
やがて心は動かなくなり、人間の皮を被っただけの人間ではない生き物に変わっていく。
真っ当ではないサービスは、受ける側だけでなく提供する側も少なからず傷を負っているのだ。
一度失ってしまった心を取り戻すためには、長い時間と周りのサポートが必要となる。
一時的に心を取り戻したとしても、また依存する対象に手を出して、同じことを繰り返す可能性は高い。依存症は目に見えない疾患なのだ。
それを治すことは並大抵のことではない。
人の心はさ。
簡単に壊れてしまう。
だけれども、その心こそが人の証。
それを大事に守っていかなければならない。
自分の心も他人の心も、
同じように脆く壊れやすいのだ。
そのことを忘れてはならない。
どうせ儲かるビジネスを行いたいならば、
「信頼」で繋がる関係を元にそれを見出せば良い。
他人のことを大事にする人には「信頼」が生まれる。
それがビジネスをする上で大きな武器になる。
リスクを負わず簡単に儲かる道などない。
いつ路上で刺されても良い覚悟があるのならば、
人を食い物にして生きていればいい。
全ては自己責任なのだ。