
先日、歌手の優里さんが、パニック障害と広場恐怖のため活動を自粛していたことを公表した。
その時に、SNSを全て休止していたと発言していたことが印象的だった。
アーティストは、自らの内面を作品として表している。そう考えると、それを否定されるということは、人格そのものを否定されたような気持ちになっても不思議ではない。
その積み重ねがジワジワとボディブローのように効いてくるのだろう。
気がつくとメンタルな不調をきたして、日常生活にまで害を及ぼすようになる。
SNSは確かに便利だ。
簡単に情報を得たり、発信したりすることができる。世界が小さな画面一つに集約されたと考えれば、その情報量は1人の人間が抱え切れるレベルのものではないことは、簡単に想像できる。
だからこそ、その情報の取捨選択をするスキルが求められる。
必要な情報だけを受け取って、不要な情報は受け流す。
それを当たり前にすることができて初めて、SNSを使いこなすことができると言っても過言ではないのかもしれない。
SNSは不特定多数がやりとりをする場だ。
顔見えなければ、どこの誰とやりとりをしているのかもわからない。
だから、ごく一部の人から非難されたとしても、非難された側は拡大解釈をしてしまい、世界全体から攻撃をされているような気持ちになる。
その積み重ねにより、自分はリアルでも嫌われていると思い込んでしまい、自己肯定感はストップ安となり、リアルで外に出ることすら怖くなる。
そういうこともあるのだ。
これでは、SNSは世界を繋げたのか、遠ざけたのかわからない。
いずれにしても、SNSと適度な距離感を保つことが求められる。
依存しやすい世界なだけに、付き合い方を考えなければならない。
世界は思ったほど広くはないのだ。