「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

会話のできない人

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自らの主張をぶつけてきて、対立する意見をぶつけられると激昂する。

曖昧な根拠を元に捲し立てて、それを一つずつ説明していき、自分の意見が間違えていたことに気がつくと、今度は「あなたを信用できない」と言って間違いを認めない。

こういう人とは話をしても時間の無駄だ。

 

会話というものは、意見交換を目的に行うもの。

一方的に主張したいことがあるのであれば、Twitterなんかで呟いていればいい。

 

自分がいて、相手がいて、建設的な意見交換を行い、より良い結論を導き出す。

そういう目的を共有できない人は、自尊心が弱いのだろう。

自分の意見や生き方に自信がないと、相手から自分の意見を否定されただけで、自分の人生全てを否定された気持ちになってしまう。

課題の切り分けができていないのだ。

 

なにも他人は一面で人を判断するわけではない。

例え、一面だけで判断されたとしても、自分自身が自分自身の生き方に自信を持っていれば、自尊心が揺らぐことはない。

激昂してまで自尊心を守ろうとすると、逆に自分で自分の自尊心を傷つけることになる。

 

自分の自分による自分のための自尊心。

自尊心とはそういうものだ。

 

ややこしくなってきた。

要は、会話のできない人と会話をすることは時間の無駄だということ。

自分の非を認められない人と間接的な意見交換ができるわけがない。

 

人間ってものはさ。

自分の存在が世界にとって重要であると思われたがる生き物なのだ。

デール・カーネギーは『人を動かす』の中で、「相手に対する誠実な興味」が人を動かすための要諦であると述べている。

 

相手のことを尊重できない人からは、どんどん人は離れていく。

そして、孤立した人の自尊心は、ボロボロに朽ち果てていく。

そうして、ますます人の意見を受け入れることのできない「会話のできない方向」へと進んでいく。

 

もはや手の施しようがない。

本人が「このままではいけない」と気がついて、変わる努力をするしかないのだ。

今の環境に満足していないのであれば、環境の変化を期待するのではなく、自分が変わるしかない。

 

誰かが自分の世界を変えてくれることなど、決してないのだ。