気がつくと成長している。
そんな実感がある。
そういう時には嬉しさが込み上げてくる。
これが「生きている実感」なのかもしれない。
ギリギリのところで挑戦している人ほど成長が早い。
自らの限界を見極めながらリスクをとってギリギリを攻める。
そういうところを攻めていかないと、なかなか成長を実感することはできないのだ。
失敗して潰れてしまうとリカバリに時間がかかる。
それでもリスクを取るだけの価値はあるのかもしれない。
要は、その人が人生に何を求めているかだ。
安定を求めているのであれば、無理してリスクを取る必要はないだろう。
しかし、私のように「成長を続けたい」と思っているのであれば、無理をすることが必要な場面がある。
私の周りの人を見ていても、40、50才を過ぎても成長を続けている人は多い。
そういう環境に身を置いて、なんとか食らいつきながら私は前に進んでいるのだ。
ここ最近も、一つ壁を破った感覚がある。
人前で発言することに対して物おじしなくなった。
ある意味では、割り切ることができるようになっただけなのかもしれないが、経験を積み重ねてきたことによる効果であることは間違いない。
3000時間の法則ではないけれども、一つのことを続けていく中での特異点のようなものはあると感じる。
ある瞬間を境に、見えなかったものが見えてくる。できなかったことができるようになる。
そういう経験を私は何度もしてきた。
その度に冒頭のとおり、嬉しさが込み上げてくるのだ。もしかしたら、その高揚感は私に依存症状を引き起こしているのかもしれない。
だから私は限界ギリギリを攻めて無理をする。
そういうことなのだ。
折り合いをつけながら着実に積み上げていく。
その繰り返しで私はここまで来た。
まだまだ見えていないものはたくさんある。
あとは私が生きている間に、どこまで辿り着くことができるかだ。
この気持ちがトーンダウンしてしまう前に、もう少し登り続けていたい。