
今年の音楽記事締めくくりは、Aqua Timez『決意の朝に』。2006年にリリースされた曲だ。
当時はAqua Timezが好きでよく聴いていた懐かしの曲。
先日、Mrs.GREEN APPLEとのコラボでこの曲をテレビで歌っているのを見て、そこからしばらくまた聴いている。
一生懸命になればなるほど
空回りしてしまう僕らの旅路は
小学生の手と足が一緒に出ちゃう行進みたい
人の痛みには無関心
そのくせ自分のこととなると不安になって
人間を嫌って不幸なのは自分だけって思ったり
与えられないことをただ嘆いて
三歳児のようにわめいて
愛という名のおやつを座って待っている僕
とても芯を食った耳の痛い歌詞が心に突き刺さる。
Aqua Timezは、ありのまま等身大で、痛みを抱えながら生きることを肯定する歌をうたってくれる。
生きていれば「痛み」はある。
今の時代は「痛み」を避けて、うまいこと立ち回ることばかりを求められる。
そのうち、自分の痛みに鈍感になって、他人に優しいように見えて、他人の痛みにも鈍感になって、テンプレートのような「あるべき」立ち振る舞いを強いられて生きている。
その枠から外れないように自分を殺して、そうすることが社会で生きることだと自分に言い聞かせて、炎上しないように、過激な意見を述べないように、水や空気のように周りに溶け込むことを暗に求められていることを察しなければならないのだ。
それでも自分らしく生きればいい。
その先にある「痛み」もまた宝物なのだ。
この曲は、そんな大事なことを教えてくれる。
Aqua Timez『決意の朝に』