
久々に夫婦で映画を見てきた。
お盆期間だが保育園に子供は預けられるものだから、たまには二人の時間を持ちたいと思い、仕事ではないが子供を預かってもらった。
『鬼滅の刃』
映画公開までのお膳立てがすごかった。
何処もかしこも鬼滅コラボを開催しており、炭治郎と禰󠄀豆子が至る所で見受けられる。
テレビではアニメシリーズの再放送を「これでもか」というくらいに何度も放送していた。
それだけ力を入れてプロモーションしていることがわかる。
かくいう私も、アニメシリーズの再放送を見て、万全の準備を整えて映画に向かった。
ネタバレ防止のために、内容については触れずに記事を書く。
率直に感想を述べるならば「よくできた作品だ」と思う。
2時間を超える長い作品だったが、初めのシーンから掴みはバッチリで、怒涛の如く良質な戦闘シーンが続く。
そして抜群のタイミングで回想シーンのパートが入り、登場人物の背景や感情を非常にわかりやすく説明してくれる。
「優等生この上ない作品」という表現が適切だろうか。
予備知識なく映画を見た人にも状況がわかるくらいにセリフで状況説明をしてくれる。
演出も構成も申し分ない。
これだけ長い作品で、一瞬も飽きさせることなく視聴者を置き去りにしないで最後まで走り抜けることのできる作品は稀だろう。
今の時代に合わせて、トップクラスの技術や知識をかき集めて生み出された作品であることは疑いようがない。
それほど優れた作品だ。
ところが「その優等生すぎる面」
そこに違和感に映るのは私だけだろうか。
見た後に「すごかった」以外の感想が出てこない。
アニメシリーズは全話見ており、原作も一通り最後まで読んで、作品に対する予備知識がそれなりにある私ですら、何か芯に響くような感想が出てこないのだ。
記事にもしたが、『君たちはどう生きるのか』や『すずめの戸締り』を見た時は、何か芯に響くような感想がとめどなく溢れてきたことを覚えている。
おそらくそれは、これらの作品には視聴者に解釈を委ねた部分が多く存在するからだろう。
この『鬼滅の刃』は、誰が見ても同じように状況を理解することができて、同じように「すごい」という感想を持つ作品なのだろう。
否定する余地もない、完璧な構成と演出で作品を作り上げて、人によっての解釈違いから議論に発展する余地もないくらいに、懇切丁寧に状況や感情を説明してくれる。
私が感じる違和感は、そういうところにあるのかもしれない。
ある意味では、これはジャパニメーションの到達点と言えるのかもしれない。
最近はタイパを重視して倍速で映画を見る人たちが増えているという。
だからこそ、セリフというわかりやすい形で状況を全て説明してくれる『鬼滅の刃』という作品は、時代に受け入れられて大ヒットに至ったのだろう。
「今の時代」に合わせた形で、おそらくこれ以上に万人に受け入れられる制作手法はない。
本作はプロモーションの甲斐もあって、歴代トップの興行収入を伺う大ヒット街道を爆進している。
商業的に「間違いはない」のだ。
一方で、これが「今の時代」なのだな、と物悲しく感じる面はある。
視聴者は、与えられたものを咀嚼する中で自らの血肉にする過程を放棄してしまって良いものなのか。
その過程すら,今の時代ではタイパが悪いと切り捨てられるものなのだろうか。
それとも単純に、私の感覚が時代から淘汰されるべきオールドスタイルということなのだろうか。
作品以外のところで色々と考えてしまった。
本作が、力のある素晴らしい作品であることに疑いの余地はない。