「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

夏の終わりは程遠い

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少し昔であれば、9月になると「夏の終わり」を感じ出す頃合いだった。

しかし今は、9月に入っても猛暑が続き、10月ごろまで台風が活発に動いている。

 

異常気象に見舞われて、各地では大きな被害を被っている。

急に暑くなり、急に寒くなる。

春夏秋冬の境目はますます曖昧となり、もはや「四季がなくなった」と言っても過言ではないのかもしれない。

 

お盆休みを明けてしばらく経つが、今の私には曜日感覚があまりない。

常に時間に追われながら生活しているような気がして、今を生きている実感がないのかもしれない。

 

妻が忙しいものだから、子供と一日中過ごす機会が増えた。

少しずつコミュニケーションをとることができるようになったから、以前と比べると幾らかマシになったものの、相変わらずなんで泣いているのかわからなかったり、常に暴れ回ったりと対応に苦慮している。

 

子供の成長を実感すると同時に、自分が歳をとっていることを実感する。

子供の有り余る生命力に翻弄されて、それに付き合う体力が足りないのだ。

「子育ては若いうちにした方が良い」という言葉を実感する。

 

私の習慣のほとんどは崩壊した。

運動や読書の機会は減り、子供に時間を吸い取られていく。

かろうじて確保しているゲームの時間も、妻からの圧力の高まりと共に少しずつ削られており、今や隠れながらゲームをするような有様だ。

 

徐々に衰えていく。

そして、徐々に生活が固まっていく。

「多様性」が叫ばれる時代においても、子育てに奮闘する人たちの生活リズムに大差はないのかもしれない。

それはある意味では、科学を結集してもコントロールできない人間が人間足り得るための動物的な本能。

その最後の砦なのかもしれない。

 

私は、人間にはそういうある種の聖域みたいなものが存在して然るべきだと思う。

だから、子育ての苦労は、人間が人間であるための最後の砦。

この選択肢を選んだ人が避けて通ることのできない道なのだろう。

 

パーソナリティばかり肥大化した人類。

歳をとるにつれて、どんどんどんどん必要以上に肥大化していく。

その肥大化したパーソナリティを手放さなければならない経験が「育児」なのかもしれない。

 

「今だけの苦労」

実際そうなのだろう。

子供が生まれてから1年が瞬く間に過ぎていった。

 

今しか得ることのできないものがたくさんある。

それを逃すことなく過ごしたい。

パーソナリティに振り回されることで得られる経験など、歳を取ればいくらでも経験できるのだから。

 

夏は終わらない。

まだ夏は終わらないのだ。