「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

見えているもの、見えていないもの

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兆候は必ずある。

どんなに巧妙に隠していたとしても、人に大きな変化が生じる裏には、必ず目に見える兆候があるのだ。

それに周りが気がつくのか、それとも気がつくことができないのか。

それだけのことである。

 

頑張って働いていた人が突然、手に持っていた風船を離したように、フワッとフェードアウトしてしまった。

職場に体は出しているが、どうも気持ちが上の空なのだ。やる気が感じられない。

昨年くらいは、あれだけ気持ちを傾けていたのに、まるで別人のように変わってしまった。

 

人生、山あり谷あり。

考え方が変わってしまうこともあるだろう。

しかし、体は変わらずそこにいるのに、気持ちがそこにいない状態というのは、何とも気持ちが悪いものだ。

 

必要最低限のレスポンスしかない。

コミュニケーションコストが高いから、仕事に影響がないとは言い難い。

精神的、肉体的に疾患があるわけではないようだ。ただやる気がなくなってしまったのだろうか。

 

離れていくのか。それともこのまま居続けるのか。それすらもわからない。

上の人が直接話す機会を設けているようだが、肝心なところの回答ははぐらかされるようで、本人の意思を確認することはできないようだ。

 

とりあえず表向きは問題なく振る舞っている。

周りも異変に気がついているから気を遣いながら、最低限は支障がないように接している。

そんな状態がしばらく続いている。

 

見えているもの、見えていないもの。

 

人の心は瞬間瞬間で目まぐるしく移り変わっている。

しかし、周りからそれを見ることはできない。もしかしたら本人にもわからないのかもしれない。

 

それを些細なニュアンスで予測して汲み取りながら人間関係を形成する。

そんな曖昧な状態で折り合いをつけて、社会を形成しているのだ。

どこかで歪みが生じるのは仕方がない。

 

むしろ、その歪みに対しても忖度をしながら歩調を合わせようと努力するのが「多様性の時代」だ。

そんな風潮が強く蔓延っている。

今の時代は、人に優しくしようと謳いながらも、ある意味では人の可能性を潰しているのかもしれない。

 

なぁなぁで付き合いを続けていたら、何らかの苦しみを抱えている人からすれば生殺しだ。

前に進むにしても、後退するにしても、早いうちに本人が判断をできるような働きかけが必要ではないだろうか。

 

面倒ごとに首を突っ込んで、コンプライアンス敵に問題のある行動をしてしまうと、自分に被害が及ぶから、誰も突っ込んだ関係を築こうとはしない。

そういう「分断」の時代に進んでいる。

本来、人をつなぐべき社会に、人が分断されているのだ。

果たして、私たちの在り方は正しいのだろうか。

そこに対する思考を停止してしまったら、もはや人の存在価値など社会に飲み込まれてしまうのかもしれない。

私たちは、考え続けなければならないのだ。

とりあえずここを乗り切れば…

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「ここまでは頑張ろう」

「ここを乗り切れば楽になる」

 

通常は、そういうポイントがあって、それを励みに頑張ることができるのだろうけれども、今年の私にはそれがない。

これで落ち着くかと思うと、また次の課題が発生するという連続でここまで来た。

自分でコントロールできないことばかりだ。

 

とりあえず今は、12月中旬を目指している。

12月15日までは忙しいことは決まっている。

年末の年末まだ辿り着けば、年明けまでの2,3週間は落ち着くだろうと予想している。

 

しかし、実際にその頃になってみると忙しいのだろう。

例年、年末は忙しい記憶がある。

とりあえずは、ふるさと納税の手続きだけは先に終わらせた。今年は堅実に米と乳製品をメインにした。スイーツや趣向品ではなく生活の足しにするという考えにシフトしたのだ。

 

今までの私が楽をしていたのだろうか。

自由気ままな独身生活とは違い、結婚して育児に勤しんでいる。

妻側の人間関係で、予定が埋まることも多い。

予定のない週末は激減した。

そして予定のない週末は、妻を解放して育児に勤しむことになる。私に休息はないのだ。

 

まだまだ先は長い。

私の体は保つのだろうか。

何とかやりくりをして乗り切るしかない。

いつまで乗り切ればよいのかわからないのだが…

Vaundy『風神』

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何も行動を起こさなければ、

風が起こることはない。

 

何か行動を起こしたからこそ、

まわりに風が起こるのだ。

初めは爽やかな微風だったとしても、

行動を続けることで、

それが自分の身を傷つける刃になることもある。

 

人と繋がるということは諸刃の剣。

人を信用するということは傷つくかもしれないというリスクを背負うこと。

それでも人は、誰かと繋がりたくて風を起こし続けるのだ。

 

 

Vaundy『風神』

「牛タン」は不思議な食べ物

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先日、高い牛タン弁当を購入した。

テレビで何度も紹介されるほど、美味しいと話題の牛タン弁当だった。

 

しかし、一口食べてみた私の感想は「あまり美味しくないな」だった。

分厚いから硬くて噛み切るのが大変だ。

不味くはないけれども、値段を考えると失敗だったかなと、そんなことを考えていた。

 

それでもせっかくの高級弁当だから、ガツガツと食べすすめていると、噛んでいるうちに牛タンが美味しく感じてきた。

この噛みごたえがクセになるのか、味が染み出して旨みを感じるからなのか、詳しいことはよくわからないが、最後の方は「美味しかった」と思うのだから不思議だ。

 

お店で食べる牛タンは美味しかった印象がある。

だけれども、こんなに分厚い牛タンは今まで食べたことがなかったかもしれない。

 

「噛めば噛むほどクセになる」

初見ではあまり関わりたくないと思っても、関わっているうちに「いい人だな」と思う、牛タンとはそんなやつなのだ。

 

経験をしてみないとわからないことはたくさんある。

少し齧っただけではわからないこともたくさんある。

昔、お世話になった先輩が仕事をする上での信条としていることを話して下さったことを思い出した。

 

「毒を食らわば皿まで食らえ」

嫌な仕事を押し付けられた時、どうせやるならばとことん突き詰めてやってやろうと、そういう気持ちでやれということだ。

 

今の私は、たくさんのことを「やらなければならない」状況にある。

どうせやるならば、とことん前向きに取り組むべきなのだろう。

 

何事も主体性が大事だ。

それがないと、何をしていても面白くないし、

成長にも繋がりにくい。

「やらされ」では勿体無いのだ。

 

 

教育チャンネルばかり見ている

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まだ言葉も発しない子供のために、英語の教育チャンネルばかりを流している。

内容を覚えてしまうくらいだ。

今のYoutubeはすごい。調べれば必要な情報はいくらでも出てくるくらいだ。

 

かつてはブログがこの役割を担っていた時代もあったのだろう。

しかし、よりインパクトのある方向に進み、動画の撮影も編集もツールが充実してきた昨今では、コスパの面からも配信という形がマッチしているのだろう。

 

時代と共に、求められるものは変化していく。

今後の時代は、撮影や編集をする必要すら無くなるのだろう。配信したい内容を企画してAIに動画を作らせる、そういう時代が間も無く訪れようとしているのかもしれない。

 

そうなると、人はクリエイティブを発揮する必要があるのだろうか。最終的には企画までAIに任せて、それを収益化するエコシステムが出来上がりそうだ。

その利益が社会に還元されれば良いけれども、なかなかそうはいかないだろう。

 

先に目をつけて、先にエコシステムを作り上げた人が莫大な利益を得る。

その構造は変わらないはずだ。

 

何を書きたかったのかわからなくなってきたな。

教育チャンネルにしても、1つの動画あたりの再生回数が数千万を超えているものも珍しくない。子供は飽きない。同じ動画を何度も繰り返し見て喜ぶのだ。だから親はただ垂れ流して子供をあやすために使う。自然と再生回数は増え続けるのだ。

 

よくできたエコシステムだ。

1本あたりの動画の収益は、チャンネルにもよるが1再生当たり0.5円と聞いたことがある。

そう考えると、少なくともうちの子供が見ているチャンネルの運営者は数億円は軽く稼いでいることになる。

 

新しい技術でお金を儲けるためには、先行者利益を狙う必要がある。先に目をつけて収益化した人の勝ちなのだ。

間違いなく次は、生成系AIを活用したビジネスが台頭するはずだ。

私には思いつかないが、すでに莫大な利益を上げることのできるエコシステムの構築を着々と進めている人がいるのだろう。

 

何でもお金に変えられる。

そういう時代なのだ。

【プロ野球2024】横浜ベイスターズ!史上最大の下剋上で日本一!

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ソフトバンク2-11横浜

 

やりましたね!

本拠地で2連敗から始まって、やはりソフトバンクが強いと思いきや、敵地では無類の強さを発揮する今年の横浜!

まさかの敵地3連勝で王手をかけて迎えた本拠地での一戦!

5回に打者一巡の7得点でゲームを決めました!

 

ソフトバンクの先発は、日本シリーズ初戦に登板しで勝利を納めた最多勝の有原航平、最終戦も同じく2戦目で勝利を納めた最優秀防御率のモイネロが予想されていましたからね。

横浜が王手をかけたとはいえ、簡単な試合ではないと思っていました。

しかし、私の予想に反して早い回に有原を攻略すると、まさかのワンサイドゲームとなり、横浜が3位からの日本一で下剋上を達成しました。

 

試合を見ていると、横浜の方が気迫がありましたね。このシリーズにかかる思いというか、特にMVPに輝いた桑原からは、恐ろしいほどの気迫を感じました。

ソフトバンクの方は、2連勝から追いつかれたあたりでチームとして焦りがありましたね。日本シリーズ史上最長の29イニング無得点となり、ホームの3試合では苦しい戦いとなりました。

これで一気に流れは横浜に傾きましたね。

最後まで勢いを保った横浜が押し切っての日本一です!

 

過去に3位からの下剋上で日本一に輝いたケースは2010年のロッテが唯一です。

今回の横浜は、セ・リーグでは史上初!しかもシーズンの貯金はわずかに2つでの日本一は史上最少です。

まさに史上最大の下剋上日本一となりました。

 

ソフトバンクはシーズンを圧倒的な強さで駆け抜けて、最後は貯金42でしたからね。

この差を見ても史上最大の下剋上と言って間違いないでしょう!

 

横浜の日本一は、1998年のマシンガン打線以来26年ぶりです。この時はエースとして三浦大輔監督がチームを引っ張りました。

三浦監督は、横浜一筋で選手としても監督としても日本一を成し遂げました。まさにハマのレジェンドですね。

来年はシーズンを制しての日本一に向けて気合が入っていることでしょう。

 

この結果には賛否があると思いますが、ルールはルールですからね。横浜には日本一にふさわしいだけの勢いがあった。そういうことだと思います。

セ・リーグの球団が長年1勝すらできなかった、短期決戦で無類の強さを誇るソフトバンクに対して、敵地で3タテをしたわけですからね。

これは横浜が見事でした。

 

これでセ・リーグが昨年の阪神に続いて2年連続で日本一に輝きました。近年は交流戦の勝率も拮抗していますし、セ・リーグがセカンドリーグと揶揄された時代は終わったでしょうか。

セ・リーグのファンとしては、ソフトバンクの牙城を崩すことができた点は非常に大きいと感じます。

 

これから先も熱い日本シリーズを見せて欲しいですね!

横浜ファンの皆さん、おめでとうございます!

何か言葉を発している

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娘が何か言葉を発するようになった。

それも単発のものではなく、何か意味のありそうなくらいに長く言葉を発するのだ。

 

その意味を読み解くことはできないが、何かしらの意思を明確に示していることは間違いなさそうだ。

どんどん要求が明確になっていく。

こうやって自我が形成されていくのだろう。

 

歳とともに、自分の成長を実感する機会は少なくなっているけれど、娘の成長を通して、確かに時が流れていることを実感する。

 

時の流れるスピードは同じではない。

歳を取れば取るほどに、1年間の人生に占める割合が小さくなるのだから、1年間が短く感じることも頷ける。

極端な話、20歳の時の1年間と、40歳での1年間では、2倍ほど体感スピードが違うのかもしれない。

 

すぐに娘は私にもわかる言葉を発するようになるのだろう。

それは私に取っては一瞬の出来事のように思えるかもしれない。

しかし、娘にとってはとても長い道のりなのだろう。

 

体感スピードが違うのだ。

私と娘は、同じ時を生きているようで生きてはいない。世界の見え方が根本的に違うのだ。

そのことを理解して接しないと、どこかで大きな間違いをしてしまう恐れがある。

 

子供との歳が離れれば離れるほど、感覚の違いに戸惑いを覚えるのかもしれない。

まだまだ自分の意思も明確に示すことのできない娘が、いつから明確な言葉を発して、いつから私のことを言葉で言い負かすまでに成長するのだろうか。

 

その道のりは、娘にとっては長いが、私にとってはおそらくそこまで長くはないのだろう。

これから先の未来に想いを馳せるたびに、私は自分の役割が変わってきていることに気がつく。

 

私の人生は、自分の成長だけを追い求めるフェーズから、周りの人たちを育成する役割の方が大きくなってきたのだ。

とはいえ、自分も成長し続けなければ、育成する人たちから魅力的には映らないはずだ。

今まで以上に、目的意識を持って時を過ごさなければならない。

 

子供が生まれて初めて思う。

もう自分は子供のままではいられないのだと。

そういう自覚を持つことができただけでも、一つ先のステップに進むことができているのかもしれない。

子供の成長する姿から、多くのことを学ばせてもらう。

そこへの感謝を忘れずにいたい。