一緒になれない理由

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そんなものは挙げればきりがない。

 

元はと言えば、

赤の他人同士なのだから、

 

そういうことばかりに目が向いたら終わり、

恋愛は幻想の中でしか存在できないのだ。

 

甘く切なく綺麗なままの美しい世界、

 

世界の中心にいる二人、

周りのことは見えない。

「お互いがいればそれでいい」だなんて、

本気でそう思っているうちが華、

 

魔法は解けてしまうのだ。

 

それでも一緒にいたいと思う理由があるのか。

それが先に進む条件なのだろう。

 

男と女なんて単純なもの、

違う生き物だから惹かれ合う。

そして欲求を満たした先は「条件」が必要、

 

その「条件」と睨めっこしながら、

先に進む理由を探すのだ。

 

いくつもいくつも探して探して、

これでもかというくらいに材料を探して、

少しでも安心しようとする。

 

材料一つ見つけたら、

心躍らせて、

材料一つ失ったら、

停滞するどころか遠ざける。

 

何か一つでも決定的な躊躇する理由があれば、

今まで積み重ねてきたたくさんの思い出たちは、

音を立てて崩れてしまう。

 

人は不安には勝てない。

 

安心の材料はたくさん必要なのに、

不安に必要なのはただ一つだけなのだ。

 

何も進まない。

何も進めない。

何一つ動かない。

 

人は余程追い詰められない限り、

環境を変えたくはないのだ。

 

だから、

変わらなくていい理由を、

いつだって探している。

 

理由は外にあるのではない。

自分の中にあるのだ。

 

先に進まなくていい理由を探しているうちは、

結婚なんてできるはずがないな。

それまでの価値観が一変してしまうような経験

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私は2度ほど思い当たる。


一度目は19のとき、

二度目は30になって少ししたとき、


なんとなくだけれども、

もう一度くらいはそういうことがある気がする。


一度目は、

「自分の可能性を信じること」


二度目は、

「手放すこと」

 

それを学んだ。


三度目はどうなるのだろう。

この変化で私のこれから先の価値観は、

大きくその方向性を決する気がする。

 

予感は予感に過ぎないのかもしれない。

傷つくことになるかもしれない。

これから先の人生を諦めてしまうほどに、

 

良い方向に変わるといいな。

 

考えても仕方がないのだ。

それに至るまでは、

地道に生きるしかない。


病気か。

恋愛か。

あるいは別の何かか。

 

「このことだったのか」


それはその時になってみないとわからない。

あるいはその時にもわからないのかもしれない。

ずっと後になってから気がつくのかも、


とにかく今できることは、

自分を嫌いになるような行動をしないということ、


その積み重ねの中で起こる変化ならば、

きっと違和感なく受け入れることができるはず、


「もう若くはないな」


そう思っていたって、

人生は続いていく。

これから先はもっと若くはなくなっていく。


自分を嫌いにならないように生きること、

生きている実感を積み重ねること、


見えない何かに知らないうちに誘導されて、

実感もなく無為に時を重ねていく。


そんな人生は嫌だ。


どんなにそれが素晴らしいものであっても、

自分の生き方を委ねてはならない。


最後に責任を取るのは、

いつだって自分なのだから、


悔いのないように、

自分の人生を生きよう。

 

「それまでの価値観が一変してしまうような経験」

 

それを待ち望みながら、

それに期待はしない。

そうすれば自然と地道に生きていける。

 

漠然とした道標があるだけで、

人は前に進めるのだ。

 

ある曲の歌詞から、

「人は希望なしでは生きれないから、

みんな心のどこかで来世を信じている」

 

 

感情を持ち込まないタイプ

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人は自己存在に不安を感じているものだから、

それを脅かされると感情的になってしまう。

 

どうしようもない感情というのはある。

そういう経験もしているけれど、

「感情を持ち込まない」

基本的にはそういうタイプでありたい。

そう思っている。


意見が食い違ったときに、

そのものごとを客観的に捉えて、

相手のほうが正しいと思えば簡単に折れる。

それを軸に話を進めたほうが良いものを生み出すから、


「自分の立場を守るため」

 

それを目的に主導権を握ろうなんて、

「愚か」でしかない。


だけれども、

そう思えば思うほど、

裏を返せばそういう「愚か」に対した時に、

見過ごすことが苦手になる。


マウント取ろうとされようものならば、

そのタックルを膝蹴りで返り討ち、

だから軋轢を生む。


私は感情を極力持ち込まないけれども、

感情を持ち込むタイプはたくさんいる。

特に女性なんかはそう。


そこに寄り添ってみると、

「愚か」に見えていたことが、

そうではなくなることも少なくない。


だから難しい。


自分は「感情を持ち込まないタイプ」

そんなふうに通ぶっていたところで、

それが必ず正しいわけではない。


感情的な相手に対して、

自分も感情的になったら収集がつかない。

 

基本的には、

「感情を持ち込まないタイプ」

それでいい。


だけれどもそれでいて、

「相手の感情には寄り添うタイプ」

そうでないと客観的事実は見えてこない。

 

相手にだって理性はある。

感情的になるだけの理由がある。

私がそれに気がついていないだけ、


それではただのエゴ、

もっと大人にならないといけないな。

 

突き放すのではなく、

相手に寄り添うという意味で、

気がついたら母のスマホがXperiaになっていた話

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そういえば、

少し前からスマホの調子が悪いと言っていた。


電話とLINEとツムツムくらいしかしない母、

写真だってほとんど撮らない。

口癖は「使いにくい」「iPhoneがいい」


簡単スマホにでもしておけばいいのに、

そんな高そうなやつに変えたのか。


早速、指紋認証の仕方がわからないだの、

呼ばれて設定することに、


小一時間でもろもろ済ませると、

「あんた天才じゃないの」みたいなことを言われる。


私はiPhoneなのでAndroidをいじったことはほとんどないけれど、

今のスマホはアカウントさえあれば、

設定しやすく出来ているんだなと感じた。


クラウドの恩恵ってやつか。


それでもわからない母、

そんな高級端末を使いこなせるのかな。


また折を見て、

呼びつけられるのかもしれない。


だけれども私が入院した時は、

毎日のように通ってくれたし、

今までのことを考えたら感謝してもしきれない。


それにいつまで元気かもわからない。

こんなことで少しでも恩返しができるならばそれもいいか。


いつまで元気でいてくれるかわからないもんな。


そんな気持ちにさせてくれた、

Xperiaに感謝、

 

これからのマネジメントのあり方

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「権威」

その価値が薄れている。


「立場があるから優れている」

もはや失笑ものだ。


時代はどんどん進んでいる。

それと同時に社会の求めるものも変わっている。


シンギュラリティに近づき、

30年後には「平成」での変化よりも大きく、

社会は変わっていることだろう。


「学び」の効率化は進み、

得ようと思えば簡単に情報にアクセスできる。

1年間の重みが人によって何倍も変わる。


有意義な学生時代を積み重ねた優秀な人材、

ある一面では新入社員のほうが優れていることもザラにある。


「自分は何十年も社会人をしてきた」


その経験を否定するわけではないけれど、

だからといって若手よりも優れているとは限らないよ。


「優れている」


社会のものさしで判断すれば、

「継続的な視点で組織に利益をもたらす」

「世界に価値を提供する」

そんなところだろうか。


「利益」


価値が多様化するものだから、

個人がいくら優れたプレイヤーだとしても、

もたらす利益には限界がある。


「多様性」


これからの時代は、

それが組織の武器になる。


老若男女、

ニッチな趣味、

奇想天外な経験、

そこから得た情報、


そういうものを結集することで、

新たな価値が生まれる。


だからそれをチームから引き出して、

うまくまとめる力が求められる。


これからの「マネジメント」って、

そうあるべきなんじゃないかな。


日本は慣例に従うことが多い。

それが一番楽だから、


だけれども、

その慣例を変えることで、

効率が1%でも上がるのであれば、

きっとそれが競争力に直結するよ。


せわしいのは好きではないけれど仕方がない。


ビジネスにスピードが求められる時代、

少しの差が未来を分けるのだ。


だからみんなが忌憚なく「声を挙げられる環境」を作って、

そこから出た意見を「最も価値を生む形」にまとめて、

「この人が言うならば仕方がない」って思われるような振る舞いで、

チームのリソースを最大限に活かす。


そういうものを目指さなくてはならない。


「業務効率化を進めたら首にされた」


少し前にそんな記事があったけれど、

そういう組織は近いうちに淘汰される。


「今の若い人はかわいそう」


そう言う人がいるけれど、

そう言う人たちは「そう言う」だけ、

結局は自分が現役のうちを乗り越えれば良いのだ。

政治だってそう。


「継続的に利益をもたらす」


だから特に若者はそういう視点が大事、

多くの場合、上の人達はそんな事考えていないよ。


自分の身を守るためには、

力をつけないといけない。


「会社に利益をもたらす」対価として、

賃金を得るのだけれど、

その時間が自分の将来の利益につながるのか、

それをよくよく考えないといけない。


会社が人生の責任をとってくれる時代は終わったのだ。


会社員でも個人事業主

自分をブランディングすることを怠ってはならない。


どういう技術を身につけて、

どういう経験を積み重ねて、

どれくらい人脈を広げたのか。


年をとったときに大きく差がつく。


周りのこともそうだけれど、

自分で自分をマネジメントしないと、

誰も責任をとってはくれない。

 

可もなく不可もなく

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私があまりにも優柔不断で、

「とりあえず」という選択肢を持ち合わせていない、

理性ガチガチのこじらせ男だからだろう。


「可もなく不可もなく」


そういう恋人候補を目の前にして、

「誠実」と「不誠実」の差について、

考えを巡らせている。


「少し」を少し超えるくらいには年下、


まるで昔の私をみているような、

ど真面目で不器用な身持ちの堅い印象、

「裏切らないな」

そういう安心感がある。


だけれども、

「スパイス」というべきか、

面白味という点ではあまりない。


周りの女性から見た私は、

きっとこういう印象なのだろうな。

そういうお相手、


そんな女性が私に対して少し前のめり、


「優しくて誠実で話を聞いてくれる」

お決まりのやつだ。

 

私のいいところって、

きっと、それくらいしかないのだな。


次の約束をした。

先に進みたいとは思う。


意図して人を傷つけるようなことはしない。

そういう魅力のある人だ。


年上のお姉様か。

年下のお堅め女子か。

また不自由な二択を迫られる。


前回の選択は「どちらも選ばない」だった。

 

心から「好き」と思えた人との失恋直後だったから、

というのは多分にあるけれど、

「とりあえず」では選べない性格なのだ。


だけれども、

そろそろそうも言ってはいられないお年頃、

ブランクが長すぎるから経験を積むためにも、

先に進んでみたほうがいいことはわかっている。

 

さて今回はどうするか。


次に会うことでたまらなく好きになるということは、

経験上おそらくないだろう。

トキメキは初対面でほぼ決まるのだ。


だけれどもそんな出会いって、

10人と会って一人しかなかった。


あと10人に会うというのは、

気力的にとても無理だ。


そうなると、

選択肢から選ぶのかな。


だけれどもその先にあるものに、

私は心から幸せを感じられるのかな。

 

心から「好き」と思えないのに、

先に進むことって不誠実じゃないのかな。


そんなことばかりに思いを巡らせる。

また前と同じだ。

 

ヤキモキしていて、

「どちらからも選ばれない」ってこともある。

どちらも複数の相手と同時並行なのだ。

 

これだからアプリは向いていない。

 

人は自慰ばかりして生きている

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人間なんていい加減なもので、

その時の気分や体調、ホルモンバランスなどで、

その主張は180度変わることも珍しくない。


自分が可愛いのだ。

そして自分を気持ちよくさせてあげたいのだ。

常に自分を慰めている。


何も性欲だけではない。

人は自慰ばかりして生きているのだ。


村田沙耶香『タダイマトビラ』


かなり衝撃的な作品だった。

機能不全家族の中で「家族欲」を満たすために自分を慰める。

ぬいぐるみ「ニナオ」を使った、

「カゾクヨナニー」と呼ぶ行為で、


人にはいろいろな種類の欲望がある。

だけれども手に入らないものも多い。


しらずしらずのうちに、

代わりのものでそれを埋めている。


「愛されたい」


そういう欲望が強いと、

恋愛体質になるのかな。


自分の中でのハードルを下げて、

「誰でもいい」って、


その中で後はタイミング、

ちょうどすっぽりと穴にハマるように、

お互いが惹かれていく。


そういう事なのかな。


条件がどうだとか、

状況がどうだとか、

そういうことに縛られているうちは、

おそらく恋に落ちることはない。


もっとフラットに構えていて、

ふとした瞬間にすっぽりと落ちる。

 

「笑窪は恋の落とし穴」らしい。

素敵な笑顔が恋へと誘うのだ。


私は理性的すぎる。

自分を、そして周りの環境をコントロールしたがる。

 

だけれども、

「愛されたい」

心からそう思っている。

もっと欲望に正直になればいいのに、


たとえ代わりのものであっても、

寄り添ってみれば案外うまくいく。


人って愛に飢えているのだから、


だから一度一緒になってしまえば、

それを与えてくれる相手からはなかなか離れられない。

そうして少なからず依存関係に陥る。

 

どんなにクズな相手でも肯定したがる。

悪いところを少しばかりの良いところで上書きしてしまう。

自分の欲望を満たして欲しいから、


あれこれ考えたって仕方がない。

結局は運命様に従えばいいのだ。


「なんで一緒になったの?」


夫婦に問いかけたときに、

最も多い回答は「好きだったから」ではない。


照れ隠しもあるかもしれないけれど、

「なんとなく」だとか、

「一緒にいて楽」だとか、

「タイミングが合った」なのだ。

 

一緒になるのに確固たる理由なんてない。

 

共通項を強いて挙げるならば、

「満たされたい」から、

 

人は「欲望」の奴隷、

行動の一つ一つが自分を慰めるため、

 

人は「満たされる」ために、

自分を「満たしてあげる」ために、

そのために生きているのだ。