
「360°評価」
通常は、上司が部下を評価するのが習わしだが、360°評価では、上司だけでなく同僚や部下など、仕事で関わる複数の人が一人の社員を評価する。
そんな制度だ。
数年前から私の勤める会社では、360°評価を導入している。
それが「直接的に人事考課に関わることはない」ということで実施をしているが、それもどこまで本当なのか怪しい。
匿名性がどこまで担保されているのかも怪しいから、上司に対して正直に低評価をつけようものならば、それがどこまで伝わるのかもわからない。
こんな「リスク製造機」のような制度を導入した理由がわからない。
現に、それで周りから低評価を受けたことをきっかけに周りとギスギスして、退職に至った同僚がいるくらいだ。
何度も記事にしているが、私は上司と折り合いが悪い。
自分のやり方通りに進まないと気が済まないマイクロマネジメントな上司。
自分の仕事が忙しいと周りに不機嫌を撒き散らす。
さらに上から言われたのか「部下の発信力を鍛えたい」と、ミーティングで強制的に業務改善提案を述べさせるというような持ち回りを行なっていたが、特に説明もなく自然消滅した。
それが評価に繋がるならばと、自主的に提案の機会を設けようとすると、自分が提案したことではないことには時間を割きたくないらしく、手短に済ませるように告げられて、まともなフィードバックもなく何事もなかったかのように次へと進んでいく。
ハラスメント防止策として、ミーティングで文章の読み合わせを行うことになった際には、「自分には関係ない」という態度で部下に読ませるだけで読み合わせには参加をしない。
自分の上司には媚びて、部下には指導することが当たり前だと思っているから、部下から間違いを指摘されると激昂する。
若手の発言に対して「そんな当たり前のことを聞くな」とマウントを取る姿からは、呆れるを通り越して哀れにすら感じた。
私から見れば、どうしてこんな人が管理職をやっているのかと思うくらいに適性がないと思うのだが、
360°評価でそれをそのまま書くわけにはいかない点にフラストレーションを感じている。
なんでこんな制度があるのだろうか。
何年も続いているということは、一定の効果があるということなのだろうか。
私にはとてもそうは思えない。
「みんながみんなのことを評価する」と聞くと、一見、公平なように感じるが決してそんなことはない。
SNSと同じだ。少しでも間違ったことをすると匿名で低評価をつけられるかもしれない。
360°評価は、そんな心理的安全性の形成とは真逆の効果を生み出しているように感じる。
低評価をつけたところで、上からは評価されている私の上司が行動を改めるとは思えない。
それならばリスクを回避して無難にやり過ごそうと考えるのが得策だ。
こうして私は、ボロクソに低評価をつけたい上司に対して無難な評価をつけるという行動を選択する。
一度は低評価をつけて保存した内容を、締め切り直前に無難に書き換えるのだ。
それ自体がストレス。
なんとも地獄みたいな誰も得をしない制度だ。





