「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

【プロ野球2026】まさかの開幕3連勝!

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ヤクルト5-3横浜

 

下馬評では最下位独走と言われていたスワローズ!

しかし蓋を開けてみれば、上位予想だった横浜を相手に敵地で開幕3連勝です!

 

主砲の村上がメジャーに移籍となり厳しい戦いが予想されていましたが、効率よく得点を重ねています。

3番に捕手を置くという斬新な布陣。

ホームランこそ少ないですが、コツコツとランナーを貯めて一打で返すという手堅い野球ができています。

 

そして何よりも投手陣が良くなりましたね!

3試合とも先発がしっかりとゲームを作っています!

そして後ろの安定感は去年にも増しています!

 

その中心にいるのが新外国人のキハダです。

左でMAX157kmを投げる剛腕なのに、コントロールも良いですからね。

このままシーズン通して抑えを任せることができれば、チームにとって非常に大きいです。

 

まだ3試合ではありますが、今年はもしかしたら期待できるかもしれません。

下馬評が低いと上位に進出するスワローズ。

監督が変わるとしばらく調子が良いスワローズ。

この二つが重なった年ですからね。

 

これだけ怪我人が多く主力が欠けている中での3連勝ですから、これからの伸び代もあります。

あとは、神宮でどのような戦いを見せることができるか。

神宮は他の球場とは一味違いますからね。

今年のスワローズの野球が、ここでハマるか否かでシーズンの勢いが大きく変わります!

 

次は神宮でカープとの3連戦です!

このままの勢いで勝ち続けたいですね!

 

ソシャゲのサービス終了

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長年続けていたソシャゲのサービス終了が発表されました。

6年くらい続けていたのかな。

子供が生まれてからはログイン頻度が激減していましたが、それでも毎日コツコツと続けていたので、習慣の一つがなくなるようで寂しさを覚えます。

 

ブログでもたびたび「ゲームばかりやっている」と書いていた対象です。

このブログを立ち上げたのが、ちょうど7年前くらいなので、ある意味ではブログと共に続けてきた習慣の一つでした。

今の会社に転職して5年ほどですので、その前からこのゲームを続けていたことになります。

それだけ長い期間を費やしたゲームが幕を閉じます。

 

不思議と執着心はありません。

一抹の寂しさはあるものの、清々しささえ覚えます。

長い時間を費やした分だけ、思い入れが強くなるもの。

しかし、その思い入れも時と共に別のものに置き換えられて薄れていく。

ソシャゲとは、そういうものなのかもしれませんね。

 

リアル友達に誘われて始めたゲームだったので、最盛期は毎日のようにLINEで攻略情報のやり取りを重ねていたことが懐かしいです。

 

ゲーム自体も最盛期には売上一位をたびたび取るほど勢いのあったソシャゲでしたが、時の流れには逆らえず、昨今は配信者が少なくなり、コア層が細々と続けているような状態でした。

 

私のソシャゲのポリシーは、「なるべく課金せずどこまで上位層にくらいつけるか」なので、6年総額での課金額は5000円くらいでした。

これも、お小遣いサイトで稼いだポイントと、結婚祝いでゲーム仲間からもらったご祝儀ですので、実負担はゼロのようなものです。

 

課金をしない分、効率化を求めたプレースタイルになるため、課金者よりも時間をかけていたりします。

その分、思い入れが強かったりします。

ここ1,2年くらいはイベントをやり忘れたり、朝と夜の2回しかログインしなかったりと、だいぶ手を離れていました。

多くのユーザーが私と同じような状況だったのでしょうね。

 

そんなこんなで諸行無常、盛者必衰と、そんな言葉が頭をよぎります。

私の生活は、徐々に変わってきているのかもしれませんね。

妻からは「ゲームのやりすぎ」と、昔のイメージから、たびたび嗜められていたくらいなので、終わるきっかけとしては、とても良いタイミングなのかもしれません。

 

子供が大きくなったら、Nintendo Switchでも買って一緒にやるようになるのでしょうか。

そのフェーズに突入するまでは、ゲームから離れていく時の時間に充てることにでもしましょう。

年度末

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なんだかバタバタしている。

環境だけでなく心もバタバタしている。

子供が保育園に通い出して1年が経とうとしている。

こんなに何度も病気にかかった一年は人生で初めてだったかもしれない。

よくもまあ、共働きでここまでやってこられたものだ。

 

2年目は1年目と比べたら少しは落ち着くのだろう。

そう信じないと体が持たない。

子供の成長は止まることを知らない。

毎日成長している。

あっという間に大きくなって独り立ちしてしまうのだろう。

 

「小さい時はあっという間」

よくそんなことを言われるが、その気持ちが少しだけわかったかもしれない。

タスクに追われながらも、時は確かに刻まれていることを実感する。

3月、そんな季節になった。

 

ブログの連続更新が途切れてはや一年。

先日2500回目の投稿を終えて、一つの区切りを迎えたと感じてしまった。

そこから更新は滞り、いつ止まってもおかしくない状況になっている。

あれだけ毎日更新していたブログが、今や全く生活から離れてしまった。

 

それは私の人生が確かに前へと進んでいる証拠なのかもしれない。

私の人生は、ブログを書くことを必要としなくなったのかもしれない。

 

3月、潮目を迎える時期だ。

そんなことを考えてしまう。

職場無作法

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あらゆる種類のハラスメントが溢れている世界。

ハラスメントには当たらないが、その予備軍ともいうべきグレーゾーンの振る舞い。

それが「職場無作法」だ。

 

例えば、「常に不機嫌で話しかけにくい」とか、「服装や身だしなみが整っておらず周りに不快感を与える」とか、「言動は適切だが見下したような態度で相手に接する」などがこれにあたる。

 

この「職場無作法」を撲滅しようという雰囲気が今の私の職場では漂っている。

きっかけは代表者の提案だ。

そこからトップダウンで全従業員を対象に講習会参加を義務付けるなど精力的に対応している。

 

確かに度を超えた迷惑行為は撲滅するべきであろう。

しかし、ハラスメントに気を使いすぎるあまり、ハラスメントに繋がりかねない行為まで撲滅するのはやりすぎではないだろうか。

 

「扱いにくい人」「関わりたくない人」

確かにそういう人は職場にいる。

だけれども、それはその人が培ってきた個性であって、会社から指示されたからといって変わるものではない。

逆にハラスメント予備軍に接した人たちは、鬼の首でも取ったかのように些細なことでも告発する。

そして、それに対して会社は真摯に向き合わなければならない。

そう法律で決められているのだ。

 

「関わりたくない人とはなるべく関わらない」

それでいいではないか。

ところが今度は対応に差をつけることもハラスメントだという。

だから、関わらなければうまくいっていたのに、そういうわけにもいかなくなり拗れる。

 

ルールで縛りつけすぎるあまり、人との触れ合い方が不自然な方向に進んでいるんじゃないかな。

今の状況を見て、私には一つの言葉が浮かんだ。

 

「バカに刃物」

 

適切な使い方をすれば便利に扱うことのできる刃物だが、愚かなものがこれを扱うと危険物に変貌する。

要は、愚か者に刃物を与えてはいけませんよ、ということだ。

 

ハラスメントを行う側に問題があるケースも確かにある。

しかし、これだけハラスメント防止を声高にさせんでいるところで意図してハラスメントを行うことは、ほとんどなくなっている。

 

逆に、被害者(だと主張する)側のモラルが適切である前提で制度設計を行なっても良いのだろうか。

ある程度のグレーゾーンは必要だと私は考える。

そのグレーゾーンの存在によってうまく行っていたということは大いにあるはずだ。

 

することに事欠いて、どんどんルールばかりを付け足していく。

ルールを付け足すことで組織が良くなると信じている人たちがいる。

だからおかしなことになる。

 

成果を報告するために成果を上げる。

現実的に組織の居心地が良くなるだとか、従業員がモチベーション高く働くことができるとかは二の次なのだ。

組織ってものは難しい。

 

2500の記事を書いて

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前回の記事で2500回目の投稿となった。

2400回目の投稿を調べてみると2025年1月6日だった。

私は100の記事を書くのに一年以上の時を重ねたことになる。

2025年3月9日で毎日のブログ更新が途切れた。

そこからは月に3つくらいのペースでブログ更新を続けてきたことになる。

 

今はとても毎日ブログを更新する余力がない。

朝のルーティンは崩壊している。娘を保育園に連れて行くための準備だけで精一杯だ。

 

ブログを毎日更新していた時期と現在を比較すると顕著に低下している欲求を感じる。

それは知的好奇心と知的生産欲求だ。

わかりやすく述べると、「生きる意味」とか「生きた証」を追い求めたり形にしたり、そうした欲求のことだろうか。

 

今の私には「目の前の生活」以上に必要なものはない。

というよりも、それ以外に時間を割くほどの余裕がない。

だからわかりやすく自己効力感を高めることができるゲーム以外に趣味らしい趣味がなくなった。

 

2024年までは、毎年50冊以上の読書を続けていた。少なくとも7,8年は続けていたはずだ。

ところが2025年に読んだ本は19冊。しかも後半の半年は2冊しか読んでいない。

Amazonや書店で小難しい本を漁っては心の赴くままに面白そうな本を買っていた私。

今はそちらに心が傾くことはない。

 

朝の時間がなくなった。風呂に娘と入るようになった。物理的に読書に使っていた時間がなくなったこともあるけれど、ブログの更新が止まったことが大きいと感じる。

Youtubeの動画も投資関連のものばかりを見ている。

 

現代社会にスポイルされてしまった」

端的に私の状況を述べるならば、そういうことなのだろう。

今の私の状況が良いのか悪いのかはわからない。

その辺りの行動規範に対して、私は私に強制力を持つことをやめた。私は私に対して過度な期待をすることをやめたのだ。

だから、ありのままの私を受け入れたい。

「今はそういう時期」なのだ。

 

自分の書く文章に面白みがあるとも思わない。

だけれども、これが私の現在地。

怪獣(娘)の襲来により、私の生活はグッと現実路線に引き寄せられたのだ。

 

モラトリアムは完全に終焉してしまった。

ある韓国ドラマのセリフ「男は父親になるまでは子供」

私は良くも悪くも大人になってしまったのだろう。

 

いつもご覧いただき、ありがとうございます。

気がつくようでしたら、お付き合いください。

一人旅

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仕事の出張で福岡に来た。

ここしばらくは妻と子供との旅行でしか遠くまで行っていなかったものだから,今回の出張は一人旅のようで気が楽だ。

 

子供が生まれてから思うこと。

何をするにしても自分主体に行動を決めることができない。

全てにおいて子供が中心なのだ。

それは当たり前のことなのだけれども、どこか自分の人生を生きていない感覚が強い。

 

子供のためにお金を稼いで、子供のために生活の世話をして、子供のために早く家に帰って、全てが子供のため。

妻は元々そうやって人のために行動するのが当たり前にできるタイプだから、時には羽を伸ばせばいいのにと思うくらいに子供の世話をしてくれている。

 

私もどちらかといえば家庭を蔑ろにするタイプではないと自負しているが、どうしても妻と子供に合わせていると疲れ切ってしまう。

 

今回の出張は久々の一人旅だ。

仕事はすでに終わっている。

今日は帰るまでの間、私が自由に使って良い時間が溢れている。

 

独り身の時は時間が有り余っていて持て余していた。

それが数年でここまで変わるとは自分でも驚きだ。

 

今は自分の時間が欲しい。

「人はいつだって無い物ねだり」だ。

何事もバランスが大事なのだ。

だけれども人生は思うように進まないことの方が多い。

だから、時折訪れる今回のような機会を思い切り楽しんでバランスを取ることしかできない。

 

時間が余っていると、心が満たされない。

心が満たされている時は、時間がない。

お金と時間の関係もまた然り。

 

人生とはそういう風に出来ているのだ。

 

1月も半分が過ぎた

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あっという間に時が流れていく。

年末年始は過去に類を見ないほど忙しく過ごしていた。

そのせいか体調を崩してしまい、今年の幸先はあまりよろしくなかった。

 

大きな変化のありそうな一年。

娘は刻一刻と成長している。

気がつくと多くの言葉を覚えており、驚くことばかりだ。

子供の成長は早いものだと痛感する。

一年後にはどれほど成長をしているのだろうか。

今は好き勝手に暴れ回って収拾がつかない。

聞き分けのつくようになってくれるといいのだけれども。

 

今年の目標は、全てに対してできるだけ寛容になること。

自らの器を大きく育てたい。

日常的に心がささくれ立つことが増えた。

余裕がないのだ。

 

そんな環境でも心に余裕を持ち続ける中で器の大きな人間になりたい。

どんなに不自由な環境だとしても、自分自身を見失わずにいたい。

イライラしてもいいことはないのだから。

 

自分で自分の時間をコントロールしている実感。

それを得ることを優先して行動しよう。

全ては浮かんでは消える一瞬の夢のようなもの。

感情の浮き沈みなんて幻に過ぎないのだ。

それに振り回されて何かを失うなんて割に合わない。

もう少し大人にならなければならない。