面白い記事を読んだ。
今の時代は、自分が夢を見ることが難しい時代。
SNSを見るとキラキラした人たちが、キラキラした瞬間を次々にアップしている。
その人たちと自分を比べてしまうと、現実を突きつけられる。
その時点で自然と「夢を見られる人」は間引きされるのだ。
だから間引きされた側、即ち「夢を見られない人」は、間引きされなかった側である「夢を見られる人」に対して投資をする。
その行為によって、間接的に自分が夢を叶える手伝いをしていると感じることができるのだ。
つまり、自分が夢を叶えることを諦めた人たちは、誰かの夢を叶える応援をすることで、自分の夢を叶えることの代わりとする。
記事によると、それが「推し活」が流行っている理由だという。
なるほど、と思うと同時に、それって「子育て」に近いものがあると私は思った。
ある意味で「子育て」には、自分が叶えることのできなかった夢を子供に託すという側面がある。
その側面を拡大的に捉えて、間口を広くしたものが「推し活」なのではないだろうか。
「人の夢は終わらない」
『ONE PIECE』の敵キャラクターである黒ひげマーシャル・D・ティーチの発した言葉だ。
金儲けに走り、夢を追わなくなった海賊たちのアジトのど真ん中で発したこの言葉は印象的だった。
子供の頃は誰しも幼稚的全能感を持っている。
自分の将来が輝かしいものになることを信じてやまない。
そして、周りの大人たちもそれを否定することはない。
しかし、歳を重ねるにつれて、学校社会に揉まれていく中で現実を突きつけられる。
自分よりも優れた他者の存在、自分の能力不足を痛感、そうした経験を経て、自分が「特別」ではないことを知る。
それでも人は夢を根本的に諦めることができない。
「人の夢は終わらない」のだ。
どこかで、その夢に対する気持ちは残り続けており、誰かがその夢を叶えることに貢献したいと考えている。
「子供を持つこと」が当たり前ではなくなった時代。
あるいは、子供に対して夢を強要することが難しい時代。
だから、その夢を向ける先として「推し」を作るのかもしれない。
そうして、別の人に夢をつなぐのだ。
夢を見ることが難しい時代だからこそ、
人は燻った夢を叶える先を探しながら生きている。
今はそういう時代なのかもしれない。