ありがとう、と君に言われるとなんだかせつない

f:id:tureture30:20201029211407j:image

 

耳に残るフレーズ、

宇多田ヒカルFlavor Of Life


「友達以上恋人未満」


うまく進まぬ恋に対するもどかしさ、

それを表現した曲だ。


リスニングが得意ではない私、

 

この曲のタイトルをずっと、

「Fever Of Love」(恋の発熱)だと思っていた。


だけれどもよく見てみると、

Flavor Of Life』(人生の味わい)あるいは(風味)

全く異なるタイトルで驚いた。


歌詞はこう続く。

ありがとう、と君に言われると

なんだかせつない

さようならの後も解けぬ魔法

淡くほろ苦い


The Flavor Of Life

 

「愛」だの「恋」だのに右往左往しているうちは、

人生を楽しんでいるということか。


この曲は「あの頃は良かった」って、

過去を懐かしんでいるのだろうか。

 

この「恋のもどかしさ」を歌う曲に、

このタイトルをつける、

宇多田ヒカルさんのセンスに脱帽だ。


「もどかしさを感じる」

そういう経験は年を取るごとに減ってくる。


経験を積み重ねることで、

先が見えるようになってしまうのだ。

そしてその精度はどんどん上がっていく。


「今回はこのパターンね」って、

そんなことばかりを考えて異性と接したところで、

それは相手に対する「値踏み」でしかない。


そして自分が思うパターンから外れると、

「自分とは合わない」って切り捨てる。


そうやってどんどん可能性は狭まるのだ。


だから「うぶな恋愛」


その時はもどかしくて苦しくて、

たまらなく辛い時間かもしれないけれど、

後から振り返るとかけがえのないもの、


「恋は盲目」というけれど、

「盲目」になっていたほうが幸せなのだ。


「なんであんな人と」って、

「痛い目を見た」って、

「まだ若かった」って嘆くけどさ。


それを語るときの表情ってさ。

どこか誇らしげに見える。


経験していないよりも、

経験したほうがいい。

そういうものなのかもしれない。


だから、

「うまくいかなかった恋」も、

「恋が進まないもどかしさ」も、

「甘酸っぱさ」や「痛み」も、

すべては「人生の味わい」なのかな。


人は「都合のいい生き物」だから、

後から振り返れば「良かった」って、

きっとそう思えるのだ。


「ひどい目に合った」って、

面白おかしくそれを話せる日はきっと来る。


だから「憎しみ」を手放す事ばかり考えないで、

まずは肩の力を抜くところから始めればいい。

 

その手にこめている力をフッと抜いて、

握りしめていた黒い塊をさ。

明るいところでジッと眺めてみればいい。


見れば見るほどに、

大したものではなかったことに気が付くはず、


あとはその黒い塊をさ。

大海原に思いきり投げ捨ててもいいし、

あらびきにしてステーキに振りかけるのもいい。


Flavor Of Life


誰かに生かされているのではない。

自分の人生を自分の舌で味わうのだ。


「苦味」も「辛味」も極上のスパイス、


ありがとう、と君に言われると、

なんだかせつない。


気を使われていること、

「縮まらない距離」を表しているのか。

 

それとも、

関係が終わる時の「別れのありがとう」なのか。


その言葉の意味するところは、

私には想像することしかできない。


だけれども、

きっと宇多田ヒカルさんにとっては、

大事な思い出の1ページなのだろう。


私が今立っているこの場所も、

私の人生の1ページ、


これが将来につながるものなのか。

それとも人生を彩るスパイスに変わるのか。


それは先になってみないとわからない。


だけれども、

Flavor Of Life


私の人生に「味わい」を与えてくれる、

そんな経験であることには間違いないのだ。