休日もずっと忙しくしていたのだが、不思議なことにこの3連休はあまり忙しくなかった。
特に祝日である昨日は、台風の影響もあってか、一日家に引きこもっていた。
そうなると、どこがスイッチがオフになってしまったようで、今朝は怠さとの戦いだ。
仕事が忙しい日だということはわかっている。
大荒れの天候なのにテレワークではなく出社をしなければならない用事がある。
張り詰めていた中ならば、当たり前のようにこなすことのできるタスクでも、一度スイッチを切ってしまった途端に億劫になる。
仕方がない。
自然に逆らうことはできないのだ。
ある種のテーマパークだと思って、暴風の中を出勤するのも楽しいかもしれない。
そうやって、日常に楽しみを見出しながら進む。
歳を取れば取るほどに、そういうスキルを求められるようになるのかもしれない。
変化のない生活の中にいると、人は壊れてしまう。
「自らの力で生きがいを見出す」
そのために、変化の中に飛び込むのだ。
私はまだ「若い」部類に入るのかもしれないけれど、転職する前は、30代にして既に停滞感を強く感じていた。
少し前に、はてなでバズっていた記憶があるけれど、「どんな人格者でも、50,60代で独身の人は精神的に壊れてしまう」というツイートがあったはずだ。
「人は孤独に耐えることはできない」
もちろん、結婚だけが孤独を回避する手段とは限らないし、結婚していても家庭内で孤独な人はいる。
だけれども「望んでいたものが手に入らない」
そういうものを目の当たりにしながらの生活は、どこか欠落感を抱きながら生きていくことになる。
現代人には、それを回避するための手段が、あまりにも限られているのだ。
私たち夫婦がこれから先、どのような歩みをすすめるのかはわからない。
今は幸せに包まれていても、そこに亀裂が生じる可能性なんていくらでもある。
私は「望んだものを手に入れた」と同時に、
「それを守る」という責任を負ったのだ。
「手に入らない辛さ」を乗り越えたと思ったら、
今度は「手に入れたものを失う怖さ」が付きまとうことになる。
いつまで経っても、人は何かに不安を感じながら生きていくのだ。
それは、先のことばかりに思いを馳せる、農耕民族から進化した現代人の宿命なのかもしれない。
「今を楽しむ」ということ。
休日は仕事のことを忘れて、後先考えずに思いっきり楽しめばいいのだ。
そういう「割り切る力」も、今の私には不足しているのかもしれない。
「楽しみを見出して、後先考えずに没頭する」
しばらくは、それを目指すことにしよう。