「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

「望む将来」がわからない

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「望む将来」があるならば、

それに向けて時間を使うことが必要だ。

 

だけれども、自分が何を望んでいるのかわからないことは多々ある。

ただ時間ばかりが過ぎていく。

「何も望んでなどいない」とこじらせて、そこを居場所にした果てには、「いつ死んでもよい」などと、人生に希望を見出す気力すらなくなってしまう。

 

何を望んでいるのかわからない場合、

ネガティブ思考の中にヒントがある。

 

私はブログを通して、とことん自分の内面と向き合った。

 

ブログを始めた当初、私はどん底にいて、何かを始めずにはいられなかった。

そして、ブログを書き続けてしばらくしたら、今度は病気で「下手したら死ぬ」と宣告される。

その入院中に毎日ブログを更新し始めて1600日に近づく。

 

「その時に書きたいこと」

「日常でふと思い浮かんだこと」

「いま書いておかねばならないと思うこと」

 

あらゆる角度から、雑巾を絞るようにして、自らの心からエキスを抽出して文字に起こしたのが私のブログだ。

 

幸い、私の場合は、結婚という形で一つのゴールに辿り着いた。

長年の読者様ならば感じると思うが、絞り出した負の感情は浄化されて、ここしばらくはネガティブな記事を書くことが極端に減った。

 

「忙しさ」に追われながらも、私はどこか「救われた」と感じており、少なからず未来に希望を見出しているのだろう。

 

私は、ブログを利用して先へと進むことができた。

それは紛れもない事実だ。

 

平均すると、毎日1000文字から1200文字くらいの記事を書き続ける作業は簡単なことではない。

だからこそ、心を絞らないと言葉は出てこない。

それが私にとって良かった。そういうことなのだろう。

 

お陰で「メタ認知」については、おそらく本を書けるくらいのスキルは身に付けたと自負している。

自分の感情や欲求と向き合うこと。

人生において、その重要性を嫌というほど感じている。

 

「望む将来」

 

その答えは自分の中にしかない。

誰かの姿をきっかけにして、何かが芽生えることはあるかもしれないが、その芽生える何かの種は、自分の中にあるのだ。

 

だからこそ、自分が何に不安を感じており、何に憤りを感じており、どうすればそれを解消することができるのか。

まずは、とことんそれを洗い出すことが必要なのだろう。

 

文章にすることで、それを誰かに体系付けて話すことができるようになる。

そうすることで、周りも的確なアドバイスを送りやすくなる。

まずは「己を知る」ことをしなければ、目的地のわからないドライブを続けるようなものだ。

 

今、漠然とした不安に苛まれていて、人生に対して、望むものがないと感じているのであれば、私のように、とことん心を絞り上げることをオススメする。

 

人はいつだって無い物ねだり、

これから先、またネガティブな感情が私を包み込むこともあるだろう。

だけれども、これまで書いてきたことが、私が私を知るためのヒントとなる。

 

今の私は、メタ認知が癖になっており、自分の心が実体から離れて遠くに行かないように、毎日監視し続けている。

 

この結果としてどこに進むのだろうか。

フワフワとしながら流れに身を任せてタスクをこなしている。

思いもよらない場所へと漂っていく。

 

それはそれで面白い。

しばらくはこんな調子で良いのかもしれない。