私は日々、成長したいと願っている。
しかし、なぜそう思うのかを深く掘り下げたことはなかったように思う。
漠然とした「進化欲求」とでもいうべきものに突き動かされて、私はガムシャラに前に進んでいるのだ。
本能的なものなのか。
それとも、これまで積み重ねた「成功体験」が私の動機となっているのだろうか。
いずれにしても、私は自ら望んで「忙しい」方向へと進んでいる。
限られた時間の中で、私はどこまで進むことができるのだろう。
人生は、長いようで短い。
そして、死は常に身近に存在しているものなのだ。
精神的と肉体的に1度ずつ死にかけた経験を経て、
私は生き急いでいるのだろうか。
あるいは、一度開いてしまった扉の先にある風景を忘れることができずに、ひたすらそれを求めて前に進んでいるのだろうか。
微妙なニュアンスで伝わりにくい表現しかできないが、人にとって、ある意味で「死は憧れ」でもあるのかもしれない。
終わりは必ず来る。
理性を得た人間は、誰しもそのことを承知しながら生を紡いでいる。
であるならば、だ。
「どのような最期を迎えるか」ということは、その人にとって、人生で最も大きな関心事となる。
悔いのないように、最期を迎えることができるのであれば、それは幸せなことだ。
だから、後悔のないように、私はガムシャラに進み続けているのかもしれない。
「まだまだ先は長い」
いつ終わるかわからない人生だが、
私は私の人生がまだまだ長いと信じている。
だからこそ、命を燃やしながら生きているのだ。
まだまだ満足していない。
だからこそ、命を削りながら前に進んでいるのだ。
私は、私の人生を諦めていない。
そのことは、喜ばしいことなのかもしれない。