「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

生活を整えた先にあるもの

f:id:tureture30:20190811063954j:image

 

このごろ体調が良くないし、

精神衛生も最悪なものだから、

とにかく生活を整えて健康的な生活を送っている。


寝る時間と起きる時間は決まっているし、

睡眠時間を十分に確保、


適度なトレーニングをしながら、禁欲を続けて、

気がつくとしばらくアルコールを断っている。


朝のコーヒーを止めてカフェインを減らし、

21時以降は食べ物を口にしない。

毎日、湯船に使って読書、


朝食は軽く済ませて、

15時間くらいはほぼ断食をする、

プチリーンゲインズを取り入れている。


とても整った生活、

これでもかというくらいに、


それでも体調が良くない。

失恋の痛みはなかなか去ってはくれないのだ。


体重は3キロ落ちた。

もしかして何かの病気かなと思ってしまう。

ただの夏バテならばいいけれど、


生活を整えたって、

気持ちの方は整わない。


加えて向き合いたくないものと向き合って、

がむしゃらに動いている。


これを続けるしかないのかな。


夜になると不安が襲ってくるから、

毎日夜中に目が覚める。


私の中の「不安」は、

私に何かを訴えかけているのかもしれない。


毎日、嫌になるほど陽の光を浴びているけれども、

心に火は灯らない。


体調が優れないものだから、

冒険をする気にもなれない。


せっかくの夏なのに、

元気が出ないのだ。


「夏が好き」


そう言って楽しそうに笑う女性に会った。

海辺で花火をするらしい。

その無邪気さは素敵だなと思ったけれど、

心を振り切ることができない。


夏の魔物にほだされて、

私の心にも火がつかないものかな。


心が湿っているから、

つけようにも火がつかないのだ。


まずは涙を枯らして、

心を乾燥させないといけないのかな。

 

湿っている。

だから火がつかない。

生活を整えるだけでは心は乾かないのだ。


きっと生活を整えながら、

やらなければならないことがあるのだろう。


それはきっと、

とても大事なこと、


まずは散らかりすぎた私の心を整理整頓したい。

先にばかり進んでいて、

置いてきぼりの心をそろそろ迎えに行ってあげないと、

 

気の多い男はモテるようで最後は破滅するのだ。

そういう風にできている。

女にはうまくできても、男にはできない。

 

「二兎追うものは一兎も得ず」

 

世の中は男に対して厳しい。

不器用な男に対しては特に、

 

今日も朝からお腹が痛い。

 

 

リビングデッド

f:id:tureture30:20190810101843j:image

 

つないだ手の感触が残り続けている。


一度はつながった気持ち、

そんなに簡単に離れてしまうものなのかな。


形のないものだから、

確かめる術はないけれど、

確かにその気持ちは存在したのだろう。


この痛みが、

きっとその証拠、


猫のように気まぐれで、

梅雨とともに去っていった。

 

そんな彼女は、
幻だったんじゃないかな。

ふと、そう思う。


いつも笑顔だけれども、

時折見せる疲れた表情、


話しかけると一瞬でそれは消えた。


何を思っていたのだろう。

私と過ごしてくれた時間に、


何を考えていたのだろう。

楽しそうに振る舞うその内側で、


こうなってしまったのは、

何かの手違いだったんじゃないかな。


もう一度、何かの手違いで、

戻ってきてくれないかな。


そんな事ばかり考えては、

最後の日から積み重ねた日にちを、

丁寧に数え続けている。


振り返っては、

その日の気持ちと今を比較して、

どれだけ前に進めているのだろうって、

そんなことばかりに囚われて、


「なんで?」から、

「ありがとう」には移れたけれど、

「さようなら」までの距離はまだ遠いみたい。


「8月」


偽りの約束に思いを馳せて、

このまま過ごすことになるのかな。


周りは目まぐるしく動いている。


私自身がそれを動かしているのだけれども、

私の心は止まったまま、


無心で踊っているだけ、

心と体の距離は離れていく一方だ。


どこかで話し合いが必要だ。


心と体の間で、

話し合う必要があるのだ。


だけれども今は踊るだけ、

とにかく先に進むために、

心を置き去りにして、

 

毎日、心のこもらないメッセージのやり取りをして、

会う約束を重ねて、

もはや予定は埋まりつつある。


不器用な私の持ち合わせている選択肢は、

「ただ進む」しかないのだ。

 

「この人じゃないな」

 

ほとんどはそういう出会い。

仲睦まじくメッセージを重ねていても、

終わりはひどくサッパリとしたもの、

 

繋がっているのは一本の糸だけだから、

少し強く引けばプツリと切れてしまう。

糸から手を離しただけで、

それまで重ねた時間は闇の中に消えてしまう。

 

簡単に終わってしまうのだ。


痛みの伴わない恋なんて、

みんな「偽物」


唯一の例外は、

それが「愛」に変わったときだけ、


痛い。

とっても痛い。

恋ってこんなに痛いのだな。


「生ける屍」


痛みを感じているのだから、

まだ死んではいないのだ。

 

欲望に共感するから人が集まる

f:id:tureture30:20190809065530j:image

 

人の欲望が持つ力は強い。

とてつもなく強い。


「欲望」

 

それ自体に大きな求心力がある。

人は「シンボル」にすぎないのだ。


「欲望の象徴」


そこに人が集まる。


だけれども、

何もネガティブなことばかりではない。


「困っている人の助けになりたい」

「多くの人と気持ちを共有したい」

「世界を平和にしたい」


そうした欲望のもとにだって、

人はたくさん集まるのだ。


信念とか理念、

それだって欲望の一つ、


人の集まりは欲望を満たすための共同体、

そう捉えると色々なことに合点がいく。


「不安から逃れたい」

だから結婚する。


「ほとばしる熱いパトスを開放したい」

だから交際して体を重ねる。


人と人とが惹かれ合うこと、

その根底には欲望への共感があるのだ。


私の欲望はどこにあるのか。


「誠実でありたい」


そう思っていたけれど、

なんだかそれにも疲れてしまったな。


それを目指していたところで、

損をしてばかり、

食い物にされてばかり、

消耗してばかりなのだ。


そうやってみんな、

もっと早くに「欲望」に正直になるのだろう。

そして、それを隠しながら、

うまいこと人と接することに慣れるのだろう。


私はきっと遅すぎたくらい。

 

「人並み外れた理性の持ち主」

かつて読者の方に言われた言葉、


尊大な理想を掲げていたから、

どんどん行き遅れてしまうのだ。


こと、恋愛に関しては、


それで色んな経験を逃して、

人生が色あせてしまったら本末転倒、


もっと「欲望」に正直になろう。

そうでないと楽しいことが抜け落ちた人生になってしまう。


「こういうもの」って、

そう割り切ることができれば、

こんなに傷つくことなんてないはず、


執着を手放すこと、


「誠実」はその最後の砦だと思っていたけれど、

どうやら「欲望」には勝てないようだ。


「誠実」を手放した先に、

私には何が残っているのだろう。


たまらなく好きになった人に、

気持ちをまっすぐに伝えて、

相手もそれに応えてくれて、


そんなものは理想に過ぎなかったのだな。

夢でしかなかったのだな。


夢の国の住人はもう終わり、


ネズミに手を振って、

現実世界を生きなければならない。


「欲望に魅了された人間」


そういう類のモンスターばかりが蠢く、

「現実」という世界の中で生きていかないとな。

 

理想の恋愛をして結婚に至る。

そんな人はこの世にどれだけいるのかな。


強くならないと、

強く、たくましく、

 

綺麗に見えても、

よく見ると棘で体を守っている。

不用意に手を触れると怪我をしてしまう。

 

女性はみんなバラのようだ。

祝ってもらえない幸せ

f:id:tureture30:20190808070502j:image

 

記事のストックは膨大になっているけれども、

どれも同じような内容、


「後悔と無念」


それしか出てこない。


そんなものだから、

私の心もいい加減に飽きたのか、

そろそろ何も出てこなくなった。


残ったものは「痛み」だけ、


心の痛みだなどと、

おセンチなものではなくて、

リアルにお腹が痛い。


鈍痛が続いている。

ストレスか何かの病気か。


いいさ。

邪魔されることにはもう慣れている。


いつだって邪魔が入る。

そして奇跡的にうまく行かない。

私にとっての恋愛はそういうもの、


だから、

恋愛感情のない相手とならばうまくいくのかな。


でもそうやってうまく行った相手と一緒にいても、

本当に楽しいのかな。

疲れてしまわないかな。

後ろめたさを感じないかな。


「とりあえず付き合ってみる」


その選択肢と向き合っている。

その先に幸せってあるのかな。


私は経験を積めるからいいのかもしれない。

だけれども相手の気持ちってどうなのだろう。


女はしたたかだから、

そんなことは気にしないのかな。


今までの経験では、

気持ちを寄せられたら、

時間をかけて気持ちを寄せていったけれど、

そういう気持ちが起きてこない。


それは「喪失感」が勝っているからなのかな。

それとも好きになれないお相手なのかな。


おそらく私は生まれてはじめて、

女性を「キープ」している。


気持ちはないけれど、

話しやすい相手だからって、


散々そういうことをされて傷ついたはずなのに、

同じことをしているのだ。


気持ちと向き合ってなどいない。

 

まだこれから会う人がいるから、

会ってから比べてどうしようなんて、

そんな事を考えている。


アプリのやり方に染まってしまったのだ。


これって成長なのかな?

それとも後退なのかな?


弱さ。

私の弱さ。

それでいて優しさなのか。


だけれども、

優しいだけでは相手は捕まらない。


誰かを傷つけて、

その人からは「祝ってもらえない幸せ」


そういうものを受け入れる覚悟がないと、

結婚なんてできないものなのかな。

 

前に記事にしたけれど、

私にとって「祝えない幸せ」

そういうものは経験した。

 

次は私の番なのか。

次はあなたの番です。

こんなにいいなと思える人にまた出会えるのかな

f:id:tureture30:20190807065343j:image

 

10日と少しばかり経ったけれども、

喪失感が強い。


引きずっているのだ。


この人だって思ったから、

全身全霊を込めてしまった。


その結果、

重みに耐えきれなくなって、

相手が逃げ出してしまった。


女性に相談すると、

「女のほうが重くなりがちだから、

 ますをくんの接し方は間違ってないと思うよ。

 重いほうが嬉しいよ。」


なんて言われたけれども、

それは相手にも同じくらい気持ちがあっての前提だ。


一気に燃え上がってしまったから、

相手の提案に応えられないだけで、

すごく謝っていたし、


気に入られたいから、

やけに共感アピールをしていた。


要は相手に媚びていたのだ。

それって相手からしたら気持ちが悪いよね。


同じ立場に立ってからがスタート、

なのに立場の違うところから始めようとしても、

それは利害関係に過ぎない。


媚びへつらって関係が進んだって、

最後まで進む見込みなどないのだ。


その場限り、

そんなことをいくら続けても収穫はない。


ありのままでいい人、

ありのままで支え合える人、

そうでなければ続かないのだ。

 

気づくのが遅かったのかな。

ありのままで接したって、

相性は良かったと思うのに、

 

「こんなにいいなと思える人にまた出会えるのかな」

 

そんなことばかり考えている。

とてもめんどくさい。

生きることが、


なんで人生ってこんなに、

うまく行かないんだろう。


ため息が止まらない。

うまく行かないことばかりが目につく。


生きるって苦しいことなんだな。

 

心が戻ってこない

f:id:tureture30:20190806070200j:image

 

例の雨女さんに心を奪われてから、

「おことわり」をされたのあとも、

私のもとに心が帰ってこない。


「心ここにあらず」なのだ。


作業のように日常をこなしながら生きている。

ただ命をつなぐために、


情緒は不安定、

いつだって涙が出そうで出ないし、

ちょっとしたことでもイライラが止まらない。

体調もすこぶる悪い。


「心を返してよ」


大事なものなんだよ。


先日お会いした女性と、

次にお会いする女性から、

アプローチを受けている。


こちらから区切りをつけても、

毎日連絡は途絶えない。


作業のように婚活を続けて、

好きでもない人に愛想を振りまいて、

男としての自尊心を取り戻そうと躍起になる。


周りから見ればうまくやっているのかもしれないけれど、

誰よりも自分はわかっているのだ。


こんなことを繰り返していても、

自分のことが嫌いになるばかり、


「救えない」


人の幸せが嫌でも目につく。

そして嫌でもそれに嫉妬してしまう。


満たされないのだ。


「生活を充実させればいい」

「恋愛だけが全てではない」


そんなことを言われても、

求めて求めて、

いつだってあと一歩でスルリと抜け落ちる。


そんな経験を繰り返していたら、

どうしたって恋愛にこだわってしまう。

もはや他のことで補完などできないのだ。


「恋愛の借りは恋愛で返す」


そんな変な使命感はない。

だけれどもそうすることしかできない。


満たされない原因は、

男としての自尊感情の低さ、

それは明白、


異性と心から愛し合った経験、

それが私の人生から抜け落ちているのだ。


向き合えば向き合うほどに、

その現実が刃の如く鋭利に心を抉る。


繰り返し、繰り返し、

執拗に抉るのだ。


「本気になれる相手がいないだけ」


なんとかなると思っていた。

でも本気になってもなんともならなかった。


そして、

心はどこかにいってしまった。


相手が心の底から愛してくれたとしたら、

はじめは気持ちがなくても、

私もたまらなく好きになれるものなのかな。


試して見る価値は十分にあるけれども、

どう考えても不誠実で私の主義に反すること、


気持ちのない相手と一緒になってみて、

経験を積み重ねて気持ちが動かなければ理由をつけて別れる。


そういうのって、

皆さん一度や二度は経験しているのだろうな。


私はそれができなかった。

だから今に至るのだ。


だけれども、

もうそれもアリなのかなと思う。


プライドなど捨てて、

なりふり構わず「婚活宣言」をして、

がむしゃらに動いてきた。


その先の今、

リミットは近づいている。


せっかく受けているアプローチ、

終着点はそこなのかもしれないな。


心を取り戻すために、

それを受けてみるのも悪くないのかもしれない。


そこから始まるものだってある。

幸いにも心を寄せてくれる人がいるのだ。


それって妥協なのかな?

それって不誠実なことなのかな?


もはやどうしたらいいのかわからない。

 

婚活をしながらあまり結婚したくない女性が多い

f:id:tureture30:20190805062552j:image

 

引き続き、女性と会っている。


話をしていると、

婚活をしているけれども、

「危機感を感じて仕方なく」だとか、

「友達に勧められて」だとか、

そんな人が多いと感じる。


「あわよくば」なのだ。


とりあえず婚活をしているけれども、

周りに恵まれているし仕事も充実している。


「無理して結婚しようと思わないけれど」

そう前置きされるのだ。


単純に私に魅力がないからなのか。

アプリの限界か。

それはわからない。


だけれども面と向かって予防線を張られる。

それはあまり気分の良いものではないな。


女性も自立している。

それはわかる。


だけれども、

「じゃあなんで結婚したいの?」

そういうことになる。


「とんでもなくいい人がいれば」

そういう前置きがつくのだ。


それを聞くだけで疲れてしまう。


そのくせ次に会うことは決まった。

どうやら私は不合格ではないらしい。


婚活って、

やっている本人も何をしているんだか、

よくわからなくなっているんじゃないかな。


私もよくわからないもん。


私って結婚したいわけじゃなくて、

男としての欠落を埋めるために、

恋愛したいだけなんじゃないかな。

それだと結婚したい人に失礼だよな。


もう少し頑張って、

やり切ったらお休みしよう。


本人たちも目的がよくわからないのにね。

ビジネスとして成り立っている。

もはやよくわからない世界だな。


ニーズはどこにあるのだろう。

それを明確にしてサービスを利用している人って、

どれくらいいるのかな。


詰まる所、

「将来への不安を解消したいから」

 

何もしていないと不安だから、

活動していることで安心する。

結局そういうことなのだろうか。

 

伴侶って保険なのかな?


やっぱり私は恋愛を経ないと、

結婚できそうにない。


一時的かもしれないけれど、

たまらなく好きあった経験が、

2人の今後の原点になる。


相手や2人の間に何かあった時に、

その原点が潤滑油やら原動力になってくれる。


「愛する」妻であり夫、

(少なくともかつては)になれるのだ。


経験していないからわからないけれど、

それって大事なことなんじゃないのかな。


だから予防線を張られると、

なんだかなぁと思う。


「私はどんな形の出会いでも、

  恋愛してから結婚したいと思っていますよ」


引かれてもいいから、

まずはお相手にそのことを伝えるようにしよう。


もう一度、

心を揺さぶるような出会いはないものか。

もう二度となさそうだな。

そんな不安に包まれる。


年ばかり食っていく。

5年くらい前から人生をやり直したい。

そんなことばかり考えている。


だけれども、

いつだって今が一番若いのだ。

そんなことを考えること自体が時間の無駄、


次のビッグウェーブを逃さないように、

経験値は積んでおかないと、

もはやそれが目的になっている。


なんだかなぁ。

私も結局は「あわよくば」なのだ。