神秘のベールが少しずつ剥がれていく

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子供の頃は世界が輝いて見えた。

それは世界が神秘のベールに包まれていたから、


「経験」することで、

今まで知らなかったことを知ることで、

世界が少しずつクリアになっていく。


知ることで得をする。

だから人は知ることを求める。


器用に生きるための術だとか

損をしないための手段だとか、

快楽のための方法だとか、

 

だけれども、
「知らないほうが幸せかもしれない」


そういうことはたくさんある。


人の醜さだとか、

努力しても報われないことだとか、

大切に思っていた人の狡猾さだとか、


そうやって神秘のベールを剥がしながら、

人生に色を付けていく。


何に興味があって、

何に興味が無いのか。


その延長にできることとできないことがあって、

生き方を形づくる。


世界がクリアになればなるほどに、

取捨選択を迫られる。


それは賢く生きるために必要なことかもしれないけれど、

それによる消耗は少なくない。


エントロピーを増大させることで及ぶ影響、

世界に広く関わるということは、

それだけで大きな責任を伴うもの、


神秘のベールは、

傷つきやすい心を守るための盾なのかもしれない。

必要以上に剥いでしまっても元には戻らない。

後のことは自己責任なのだ。


ある人にとっては当たり前の日常も、

知らない人にとっては神秘のベールに包まれている。


私にとっては、

体を重ねた男女が翌朝何食わぬ顔で、

学校なり職場に顔を出す感覚がわからない。

それも場合によっては仲良く一緒に、


それは経験していないからだ。


実際は大した事ではないと聞くけれど、

私にはとても神秘的なもの、


そのベールが剥がれた先に見える世界は、

希望にあふれているのか。

それとも嫉妬にまみれているのか。


好きと嫌いは紙一重


クリアになった世界では、

それと向き合い続けなければならない。


一線を越えた先に芽生える感情、


それを楽しみに思う半面、

とても恐れている。


果たして飼いならすことができるのか。


恋に恋をして、

自分を見失ってしまうのではないか。


相手の周りのことに、

嫉妬してしまうのではないか。


考え出すとキリがない。

だから一歩が踏み出せないのだ。

 

だけれども、

そんなことはそうなってから考えればいい。


大切に思える人と結ばれた

ら、のはなしだから、

 

 

12月の横浜アリーナ

あいみょんのライブが当たった。

相手も決まっていないのにチケットは2枚、


大切な人といっしょに行けたらいいなぁ。