プライベートを切り売りするということ

f:id:tureture30:20190908093931j:image

 

芸能人なんかその最たる例、

知名度が高いから私生活に「情報」としての価値がつく。


「あの人ってああなんだって」

そうやって話のネタになるのだ。


ブログを書いていると、

少なからず私生活を切り売りしている。

それにも多少の「情報」としての価値がつく。


「そういう人がいるみたいだよ」

話のネタとしてそういう価値がつく。


もしくは、同じような境遇の人との「共感」

苦労や痛みを共有することができる。


その底にあるのは、

「理解してほしい」

人にはそういう気持ちがあるってこと、

後ろめたいことを除いて、


もちろんリスクはある。

誰でも見られるところに、

プライベートを晒すわけだから、


それが嫌ならば、

ノートにでも吐き出しておけばいい。

自分にしか確認できないように、


だけれども、

それでは収まらない。

「理解してほしい」

そして「繋がりたい」

そういう気持ちが強いから、


ブログは自己顕示欲の塊、

そういうものを自分の中だけで処理できないから、

だからこうして気持ちを乗せて公開するのだ。


私のブログは私のために書いているもの、

少なくとも自己満足、


進む先がわからないからって、

日々の気持ちを記録して、

メタ認知のための道具にする。


だけれども気がつけば、

いろいろな方と繋がることができた。


そしてそれは一本の糸のようなもので、

簡単に途切れてしまう程度のものだけれども、

かけがえのないもの、


その事実が示している。


自己開示をしたほうが、

しないよりもメリットがある。


「私はこう思っている」

「私はこういうことで悩んでいる」


そういうことって、

なかなか伝えられないことだけれども、

「自分もあなたと同じように悩んで生きています」って、

そういう自己紹介になる。


もちろん立場や場所はわきまえないといけないけれども、


「プライベートを切り売りする」


それってそんなに悪いことではない。

悪事をしていない限りは、


「自分を表現する」


それによって傷つくこともあるけれど、

しなかったら「後悔」と言う名の疾患として、

心に残り続けてしまう。


それはきっと、

傷よりも治るまでに時間がかかるもの、


結局は「勇気」

いつだって課題解決の方策を考えれば、

その筆頭に顔を出す。


人生にはきっと何をするにしても、

「勇気」というやつが必要なのだ。


「愛と勇気だけが友達さ」


アンパンマン

それって寂しくないかい?


そう思っていたけれど、

その2つがあれば、

周りにたくさん人は集まってくるのか。


そういうことですよね。

やなせたかしさん、