入社前から自分の土地を持っているから、
SNSをはじめ、簡単に情報を手に入れられる時代、
「情報」はいくらでも手に入るし、
「つながり」は個人でいくらでも広げることができる。
入社前から社会を知っているのだ。
その「自分の考え方」という土地を持った上で、
入社してからそこに建物を立てる。
おそらくそんな感覚、
旧世代は、
会社から土地を提供されるところから始まる。
「社会人としての心得」だとか、
「仕事のやり方」だとか、
会社の介入がライフプランに及ぶことも少なくない。
土地を与えられて、
建物の種類を指示されて、
支持されたとおりの建物をいかに効率よく作ることができるか。
それが旧世代の感覚、
土地をどのように手に入れたか。
それが人生に与える影響は大きいもの、
会社から与えられた土地は条件付き、
土地から建物の種類から、
はたまた建物の壊し方まで、
会社が一生を面倒見てくれるならばそれも悪くはない。
だけれども、
多くの場合はそういう社会構造ではなくなった。
それならば、
土地は自分で用意する。
用意された土地を使い続けるうちに、
どこかでそれを自分のものにする。
そういう「覚悟」が必要なのかもしれない。
若者の考え方はある意味では、
不安定な社会で生き抜くための進化、
会社が国が、
将来を面倒見てくれないことを知っているから、
そのことを嘆く暇があるならば、
自分で道を切り開く。
とても合理的な考え方、
会社も保険も年金も、
自分で選んで自分で辞めて、
辞めても社会的に抹殺されなくて、
求めれば職があって、
立場に関わらず成果に応じた報酬を受け取れる。
そういう社会になればいいのに、
人は会社を選び過ぎだけれども、
会社も人を選びすぎ、
フリーターだけれども、
真面目にコツコツ仕事に取り組める人はいる。
大企業にだってそういう人に向いた仕事はある。
立派な経歴を引っさげて、
転職市場に出たものだから引く手はあまた、
取り繕うことはうまいから、
すぐに採用は決まるけれども、
プライドばかり高く折り合いがつかず、
成果をあげられない。
そういう人は少なくない。
一度レールを外れたら、
レールに戻ることが難しい社会、
それでは「働き方改革」なんて進まない。
育休をとったら左遷、
産休から復帰したら居場所がない。
「一億総活躍社会」ってそんなものなのかな。
私はたまたまレールに乗っかっているだけ、
いつどうなるかはわからない。
そういう不安を誰もが抱えている。