久しぶりに髪を切った。
家計簿を見てみたら3か月ぶりだった。
普段は1か月半ほどで切りに行っているから、
ちょうど倍の期間が開いたことになる。
平日の昼休みの時間帯だ。
いつもよりは混んでいなかったけれど、
それにもかかわらず列が途切れることはなかった。
この日は女性店員が多いようだ。
だけれども私を担当したのは4人のうち1人だった男性店員、
どうやらこんなところでも女性に縁がないようだ。
「今日はカットだけで」
私を含めてほとんどの客はそう注文していた。
どうやら顔剃りは感染防止のためサービスを注視しているらしい。
そうなるとシャンプーもいいやってなる。
「全部」か「カットだけ」
「シャンプーカット」という言葉は、
自然な流れで注文するには少しこじゃれているのかもしれない。
「混んでいますね」って聞いてみると、
客数は少し減ったくらいでそこまで変わらないという。
だけれどもカットだけで、
手早く済ませる人がほとんどだから、
単価は大きく落ち込んでいるようだ。
当たり前のことなんだけれど、
髪を切るときに頭に触れられる。
普段は何気なくしていたことだけれども、
これって感染リスクの高い行為なのだな。
人とのふれあい。
こんなにも毎日途切れることなく多くの人と接する。
それこそ文字通り「接する」のだ。
一人だけ美容師をしていた知り合いがいたけれど、
閉店後は夜遅くまで練習をしているといっていた。
モデルのリクルートは自分でするらしい。
「美容師」
その響きは華やかなものだけど、
見えないところでたくさんの下積みを行っている。
影の努力が報われて立つ店頭、
今はそれに加えて普段以上の配慮を求められる。
そして店員だって「不安」を抱えている。
元気に明るく迎えてくれる声、
こういう時だからこそ、
その声に救われる人もいる。
人と接する機会が少ないから、
今はみんな、
誰かを通して自己肯定感を高めることができない。
そんな時にかけられる、
「いらっしゃいませ」の一言、
なんだか受け入れてもらえたような気がする。
繊細で緻密な作業だ。
少し間違えたら取り返しのつかないこともある。
そうならないように技術を磨いてきた。
誰にも見えないところで黙々と、
もちろんお客さんありきなのかもしれないけれど、
「髪を切る」って「自分の美意識」と向き合うことなのだろう。
きっとそれって傍から見るよりも神経を使う作業だ。
とても大変な作業だ。
だから負けるな。
美容師・理容師の方たち、
コロナに負けるな。
そういえば中学で仲の良かった女の子、
その後どうなったのかは知らないけれど、
「美容師になりたい」と言っていたな。
きっと「美容師」って、
夢を与える仕事でもあるのだ。