コロナ禍で自殺者が減った件について

f:id:tureture30:20200514074104j:image

 

報道されていたけれども、

今年の4月は自殺者数が前年比でかなり減ったらしい。

 

警察庁の発表によると、

1814人 → 1455人

約19.8%減となった。

 

人数にして359人、

結構な数だ。

 

「なんだかわかる気がする」

多くの人はそう感じているだろう。

 

要因の全てではないだろうけれど、

コロナ禍が大きく影響していることは間違いない。

 

ストレス要因の大半は人間関係、

今の世の中は人と人との距離が近すぎるのだ。

 

何をするにも周りの目ばかりを気にして、

組織においては忖度を強いられて、

 

居場所を確保するために、

自分を殺している。

日常的に精神的自殺を繰り返しているのだ。

 

そんなことをしていたら疲弊するのは当たり前、

加えて春先は自律神経が乱れやすくメンタルを崩す人が多い。

だいぶ落ち着いたけれど私もそうだった。

 

4月は希望に満ち溢れた「出発の月」であると同時に、

不安の多い時期でもある。

 

そしてその不安は、

潜在的」なものではなくて、

目の前に突きつけられた「顕在的」なもの、

 

毎日重い足を引きずりながら満員電車に乗り込んで、

職場や学校に着いたら着いたで、

すぐに役割を演じないといけない。

 

「居場所」を守るために、

 

f:id:tureture30:20200514074412j:image

 

みんなそういう生活に嫌気がさしているのにね。

みんなに合わせて文句を言いながらも続けている。

なんともお偉いことで、

 

テレワークを続けてみて、

「通勤時間って本当に必要?」って、

とてもそう感じる。

 

可能な職種ならば、

基本は在宅にして、

必要な時は出社すればいいのに、

 

往復で考えて、

一日のうち1時間から2時間、

多い人だと3時間を超える。

 

「私にとって通勤時間は至福の時なの」

 

そんな人はいない。

おそらく大多数にとっては苦痛に耐える時間だ。

 

その時間を生産性向上に充てればいい。

そして人生の充実に充てればいい。

 

決まった時間から決まった時間まで、

オフィスにいなければならない。

 

もちろんそれが必要な職種もある。

 

だけれども多くのオフィスワークって、

それよりも成果を求められるべきなんじゃないかな。

 

例えば10時間かけて80点の成果物を作成する。

かたや20時間かけて90点の成果物を作成する。

今の日本では後者が評価されることが多いだろう。

 

だけれども本当にそうなの?

 

前者は後者と同じ時間をかけたら、

80点の成果物を2つあげられる。

 

実際は多くの場合で、

前者のほうがコスパがいいんじゃないかな。

 

そもそもがおかしいのだ。

 

話がそれたな。

自殺の話だった。

戻そう。

 

「コロナ禍」

 

もちろん起こらないに越したことはなかった。

 

だけれども、

それが社会に問いかけることは少なくない。

 

少し環境を変えてみて、

冷静に自己分析をできた人が多いんじゃないかな。

 

だから、

人は走るし、結婚する。

音楽を聴いて、本を読む。

そして体を重ねて子供ができる。

 

不要なものを捨てて、

必要なものを取り入れる。

 

「居場所」を守るために費やしていた時間を、

自分のために使えるのだ。

 

どう考えたって、

自ら命を絶つ時の心境なんて冷静ではない。

 

冷静になったからといって、

すぐに「生きる」気力は湧いてこないけれど、

まずは「死ぬ」気力は湧いてくる。

 

そうなると「死ぬ」気力に生かされる。

 

中には二階堂奥歯さんみたいな例外もいるけれど、

多くの人は「死のう」と思って死ぬことはできないのだ。

 

だけれども、

これで終わりではないよ。

状況が変わったわけではないのだ。

 

ただ冷静になる猶予ができただけ、

 

「顕在的」な脅威に晒されることは減っても、

潜在的」な脅威はむしろ増えている。

ここから先の将来を楽観視している人は少ないだろう。

 

「リセット」

 

厳密にいえば「リセット」より「クリア」かな。

なんだか最近、私の生活はクリアされた気がする。

 

今まで積み重ねてきたものを棚卸して、

時間の使い方を整理整頓して、

これから先に進むべき方向を考えている。

 

これから先どうなるか。

それは誰にもわからない。

今は株価すらその指標にはならない。

 

人が人たるためにどう生きるのか。

否、自分が自分たるためにどう生きるのか。

 

そういうものを問われているのかな。

 

「ただ自殺者が減ってよかった」

そんなものは一時的なもの、

 

「これから先は自殺者が減っていく」

 

そんな確たる希望を持てるように、

この大きな騒動を機にして、

社会全体が大きく変わればいいのにな。