「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

数字依存症

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数字の積み重ねには魔力がある。


それを基準にして、

人は前に進んでいる気になれるのだ。


ここ最近は、

数字ばかりにこだわっているような気がする。

自分の生活を管理しすぎて窮屈に感じることがある。


確かに「可視化」によるメリットは少なくない。

だけれども見えすぎても辛いものがある。


「自分で決めたこと」だとか、

「努力が足りない」だとか、


充実を目指して始めたことなのに、

制約ばかり増えてしまう。


自分の価値を「数字」に求めているのだ。

それでは「数字依存症」だ。


心の動き方を優先させるべきなんじゃないかな。

「正」か「負」か。

心はどちらの方向に動くのか。


数字が積みあがったところで、

それと同時に虚しさばかりが積みあがったら、

それでは本末転倒だ。


「効率化」

「最適化」


もともとがスタイリッシュじゃないのに、

そうやってスタイリッシュを装ったところでさ。

なんだか自分の人生じゃないみたいだ。


色々なものを取り入れて、

生活を整えてきたつもりだけれども、

一周回ってなんだかそう思う。


私はきっと数字に依存していたのだ。

積み重なる数字に自分の価値を委ねていたのだ。


ブログの連続更新日数やら、

読書冊数やら、

ゲームのスコアやレベル、

株価に積立金額に家計簿、

この一年で何人の女性とデートしただとか、

禁欲を何日続けただとか、

ランチの金額に、

ランニングの距離や頻度まで、


何でもかんでも数字で管理して、

数字に支配されている気がする。

 

「数字を積み上げることが目的なの?」

 

いや違う。

「満たされること」が目的なのだ。

それだけは忘れないようにしないと、

 

数字の魔力に支配されて、

その積み重ねにしか価値を感じられなくなってしまったら、

おそらくそれ以外の喜びを手放してしまうことになるのだろう。

 

どちらを取るか。

その答えは明白だ。

 

数字との距離感を考えないといけないな。

 

いつだって人は見失ってしまうのだ。

誰かと比べるためのわかりやすい材料、

そんなものに踊らされて、

大事なことまで忘れてしまう。

 

自分の価値は自分で決めてあげないと、

 

数字に自分の価値を委ねたところで、

満たされるのはその数字が有効な間だけ、

本質的に自分を満たしてあげる材料にはならないのだ。

 

もっと心を大事にして、

もっと体を大事にして、

数字よりも大切なものへ目を向けて、

 

そうやって生きていたい。