見返りを求めた「誠実さ」

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先日、読者の方から指摘を受けた。

「誠実である」ということは己が主張するものではなく、行為を受けた他人が評価するものだと思う。

そういうものだった。

 

私はブログで割と自分のことを「誠実」だと書いてきた気がする。

それは私の過剰な自意識であると同時に矜持なのかもしれない。

 

私は私のどこに「誠実さ」を担保しているのかと思いを巡らせてみると、

「不誠実だと思う行為をしない」と言う点、

そこにたどり着く。

 

私は私の考える「不誠実な行い」

それを戒め続けることで「自分は誠実だ」と主張しているのだろう。

 

だけれども、それも私の主観でしかない。

そして自分が「誠実であること」に見返りを求めていることに気がつく。

 

女性の「不誠実さ」に対する嫌悪感、

ある種のトラウマとなっている部分はあるけれど、

それに直面すると「誠実さ」を一方的に搾取されているという感覚に陥り、

なんとも我慢ならなくなるのだろう。

 

見方を変えれば相手にとっては「誠実」の押し売りだ。

そして相手によっては誠実に誠実を返すことを負担に感じるだろう。

 

そこはもう価値観の問題なのかもしれないけれど、

「誠実でありたい」とそこまで強く思わない女性もいるのだ。

そういう相手にとって私の振る舞いは重荷となる。

 

私が好きでジェントルマン気取っているだけなのだ。

相手にそれを求めたってさ。

なかなか難しいことだ。

 

ここ2年くらいで20人を近くの女性と出会いを重ねたけれど、

同じように私の思う「誠実」を返し続けてくれる相手に巡り会うことはなかった。

 

どこか見え隠れする相手の「不誠実さ」(これも私の主観でしかないのだけれども)を我慢しながら接しているうちに、関係は先に進むことなく破談になる。

 

そのあたりは私と婚活アプリは相性が悪過ぎるということになるのかな。

 

とにかく私は「誠実であること」にこだわりすぎている。

 

自分が臆病だからってさ。

「誠実」であれば相手も「誠実」を返してくれるはずだってさ。

過度な期待をしているのかな。

 

そもそも私の「誠実さ」なんて、何の役に立っているのだろうか。

私が自己満足するための道具に過ぎないのかもしれない。

TENGA」と同じだ。

 

私は「誠実さ」を自慰の道具にして、

悦に浸っているだけなのかな。

 

その枠から外れた相手を心の中で引っ叩いて、

自分が相手よりも高等な人間であると錯覚して、自尊心を満たす。

 

そもそも私が女性と出会いを重ねるのは、

共生を目的としていないのだ。

相手を自分の価値観に照らし合わせて粗を探してこき下ろす。

そうやって自尊心を満たすための道具にしているのだ。

 

だから関係が先に進まない。

そういうことなのかな。

 

相手にしたってさ。

私のそういう態度に気がついているのだ。

だから違和感を感じて逃げ出す。

 

彼女たちが言葉にする「ちょっと違う」の中には、

そういうニュアンスが含まれているのだろう。

何ともめんどくさくなってきた。

 

結局のところ私は女性を見下すために出会いを重ねているのかな。

「嫌いなあいつ」から受けた仕打ちに対する報復を女性全体に行っているだけなのかな。

 

奇跡的にナウシカのような聖人君子と出会い、

アプローチを重ねたところで、

おそらく私が相手のお眼鏡に敵うことはないだろう。

 

私は私のためだけに「誠実」であろうとしているのだ。

相手にも「誠実」を強要するための道具として、

 

私が変わるしかないのだ。