「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

「スピリチュアルな雰囲気を感じる」と言われた話

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最近一緒に動くようになった若手から言われたこと、

「ますをさんはなんか直感がすごいというか、初めて会った時からスピリチュアルな雰囲気を感じていました」

 

「なんじゃそりゃ」それが私の感想だ。

これまで生きていて、そういうことを言われたことはなかった。

 

ということは、その子が変わっているのか、それとも私が変わったのか。

 

思えば、私はここ5年ほどで精神的にも肉体的にも一度ずつ死にかけている。

さらに、記事にしたけれど10数分差だったか、私の普段通勤している道に車が突っ込んだという経験もしている。

 

さらに夏には原因不明の体調不良に悩まされていたが、天井を眺めながら自己暗示をすると、違和感がスッと引いたり、

ふと目が覚めると「眠れない夜」という経験もたまにある。

 

そういう時は直前に何かを暗示するかのような夢を見ていることが多い。

 

そう考えると私は、なんだかスピリチュアルな経験をする機会が増えているのかもしれない。

 

自分の内面ばかりを監視して生きている。

どこか遠くへと行ってしまわないように、自分の中で整合性の取れた生き方を目指している。

 

もしかしたらそれ自体がスピリチュアルなのかもしれない。

 

人の内面には無限の可能性が広がっている。

感情の種類は数え切れないほどあるし、ちょっとしたことで気持ちは180°変わることも珍しくない。

 

まだまだ解明されていない心と体の関わり方、

人は脳のほとんどを使わずに生きていたり、体の細胞は3ヶ月でそのほとんど全てが入れ替わるとも言われていたり、

考えれば考えるほどにスピリチュアルだ。

 

何か特定の信仰に熱をあげたり、神頼みをしたり、怪しい壺を買ってみたり、

スピリチュアルというものは、そういうものではないのかもしれない。

 

「人の存在自体がスピリチュアル」

 

そう考えると、私はちゃんと人間をしているのかもしれない。

 

悩みながら、もがきながら、しなくてもいい苦労に首を突っ込んで、毎日、自分の内面をブログに綴っている。

その行為自体がある種の儀式、

 

死を身近に感じて生きている人ほど、曖昧さを排除して地に足つけて生きている。

 

「何気なく過ごす日常」を「現実」だと考えると、「とことん自分と向き合う日常」は「異常」なのかもしれない。

 

私はしばらくそういう生活をしているから、「スピリチュアルな雰囲気を感じる」

そういうことなのだろう。

 

人は神秘的なものに惹かれていく。

神秘的である自分自身への答えを求めているから、

そっちの方向に惹きつけられていくのだ。

 

人自体が神秘的、

誰もがスピリチュアルなのかもしれない。