女性の身勝手さに振り回されたい

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例のこじれている子が夢に出てきた。

「もう気にしないでいいじゃん!いいから手伝って!」って、

夢の中の彼女はそう言っていた。

 

例のこじれている子

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それに対して、

夢の中の私は何も言えなかったけれど、

そこまで突き抜けて来られたら、

なんだか許せるような気がした。


それを変に避けられて、

気まずそうにされて、

自分で選んだ道なのに、

その気はないのだろうけど、

辛そうな態度を見せつけられて、


だから余計にイライラしてしまう。

存在を認知するだけでも気に触るほどに、


もはや重症だ。


「もっと身勝手に接してくれたら、

こっちだって気を使わなくて済むのに」


夢から覚めたときにそう思った。


私はきっと振り回されることが嫌いではない。

「人から頼られること」が好きだから、


結局は意地を張っているだけ、


道徳的にどうだとか、

不誠実さが許せないとか、

理屈を並べて、


「自分のやり方」というシステムに当て込んで、

「許せない」という選択肢を振りかざしているだけ、


これまでの自分を否定したくないから、

一部の不誠実さのせいで、

せっかく構築したシステムを作り直したくないから、


だから「例外処理」として、

気に食わない奴らを「誠実に接する」の対象から除外して、

自己満足に浸っている。


でもそれって本当に自己満足に過ぎない。


気に食わない奴らが目の前からいなくなれば満足なの?

そんなことで満足する自分に満足するの?


答えは「No」だ。


「誠実さ」の看板を掲げているくせに、

「例外処理」なんてものを設けて、

納得しない自分を押し込めて、


「もっと器の大きな人間になりたい」

そんなことを思っている。


器の小ささに嫌気が差す。

「理想の自分」からは遠ざかるばかり、


振り回されるくらいがちょうどいいのだ。


「女に振り回されること」

 

それを許容できないような、

器の小さな男で終わりたくないから、


振り回されても悠々と文句一つ言わないで、

尻に敷かれていてもイザというときには頼りになる。


所詮、

女性にとっての「頼りになる男」というものは、

そういうものなのだ。


「都合のいいときにだけ頼りにされる」


それでも、

好きな人が笑顔を絶やさなければ、

明るく元気で側にいてくれれば、

それでいいじゃないか。


その笑顔が凍りついてしまったら、

たまらなく悲しいのだから、


「好き」って、

そういうものでしょ。


そんな風に心の底から思える、

そんな男でありたい。