改めて振り返る今年の目標

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転機だからこそ、

年頭の記事で挙げた今年の目標、

それを改めて確認したい。

 

今年の目標は、

・無闇に正義を振りかざさない

・人類の未来に希望を持ち続ける

・人生を前に進める

 

ここで注目したいのは真ん中、

「人類の未来に希望を持ち続ける」ということだ。

 

「災害レベルの緊急事態」

感染拡大に歯止めが効かない状況、

対策は頭打ち、

これ以上は超法規的措置を打つ以外に術はないようだ。

 

たくさんの感動を生み出した祭典の代償として、

危機を表す数字は積み重なる。

 

そんな渦中にいるものだから、

どこか未来に対する見通しは薄暗いものになる。

 

我慢を強いられるに従って、

心は不自由になっていく。

 

猛暑と豪雨の繰り返し、

体まで疲弊する一方だ。

 

どこか蔓延る閉塞感、

先の絵はなかなか見えてこない。

 

「仕方がない」

「どうするんだろう」

挙げ句の果てには「どうしてくれるんだ」

 

そうやって一人一人が無責任な態度を取り続けて、

誰かを槍玉にあげて「戦犯」へと仕立て上げる。

 

政治は権力を巡って足の引っ張り合い。

報道は自社の利益しか考えず面白おかしくするためにセンシティブな情報を垂れ流す。

 

「不満」や「不安」を煽り立てた上で、

その「不満」や「不安」をガス抜きするための矛先を意図して示す。

 

その繰り返し、

希望なんてものを見出すことは難しい状況だ。

 

だから、私はどこか世界に対して投げやりになっている部分があった。

だけれども、それは私の弱さなのだ。

 

状況が悪化したからといって、

年頭に決めた目標を放り出そうとしているだけ、

そういう私の弱さなのだ。

 

人生ってものはさ。

全て自己責任なのだ。

 

いくつもの選択肢から自分が選んできた道の先に辿り着いた「イマ」

 

どんなに酷い目にあったとしても、

理不尽な目にあったとしても、

誰かが代わりに責任をとってくれるわけではない。

 

積み重ねてきた経験とスキル、

そういう武器を両手に持って、現実と戦い続けるしかないのだ。

 

その先に見出す「喜び」

 

真剣に取り組んだからこそ、

その「真剣」の挙げた成果に「喜び」が宿る。

そこに「生きている実感」が生み出される。

 

「苦労のない人生」というものがあったとしても、

それは「喜びを感じられない人生」

もしかしたらそれは「不幸な人生」なのかもしれない。

 

「苦労を乗り越え続ける人生」

それこそがもしかしたら「最も幸せな人生」なのかもしれない。

 

歳をとればそれまでにはなかった苦労が次々に押し寄せてくるだろう。

それに押しつぶされてしまうのか。

それを悠々と謳歌できるのか。

 

若いうちの苦労というのは、

貯金のようなものなのかもしれない。

 

それは運良く舞い込んでくるようなことは決してなく、

地道にコツコツと積み上げていくしかない。

 

お金ばかり溜め込んだところで、

心が枯れてしまっていたら、

「虚しい未来」が待ち受けているだけだ。

 

だから私は「人類の未来に希望を持ち続ける」

 

自ら掲げた目標に誠実でありたいから、

「苦労」に直面した時に諦めない自分でありたいから、

いろんな種類の苦労を乗り越えながら、悠々と人生を謳歌したいから、

 

ありがたい。

この世界はなんでありがたいのだろう。

そう思いながら日々を積み重ねていきたい。